A Farewell to Panties


 閉め切られた練習スタジオの中はエアコンがよく効いていて、少し肌寒いほどだった。
 如月千早はスカートの裾を握り、そっとめくりあげた。送風口から吐き出される冷風が直接素肌に触れて、ぞくりと微かな震えが駆け抜ける。さっきまで蒸し暑い室外にいたため、千早の肌は薄く汗ばんでいた。その汗が気化して、一気に体から熱を奪っていったのだ。
 梅雨入り宣言が出されたのと同じ日に降りはじめた雨は、もうこれで一週間もやむことなく続いていた。しかし、飽きることなく打ち付ける雨粒の音も、スタジオの中までは届いてこない。まとわりつくような梅雨の大気も同じで、静まりかえった部屋の中はひんやりと乾いた空気に満たされている。
 四畳半ほどの面積のスタジオには、アップライトのピアノとドラムセットが置かれ、ただでさえ広いとは言えない室内をさらに狭くしている。どちらも結構な年代もので、きちんとした音が出るかも怪しかったが、どうやら空調と遮音だけは間違いなく機能しているらしい。
「よく見えないよ、千早ちゃん」
 簡素なパイプ椅子に腰掛けた天海春香が、スカートの下から覗く千早のふとももに視線を向けながら言った。「もっと上まで持ち上げてくれないと」
 冗談めかした口調ではあったが、その声にはどこか逆らうことを許さない、威圧的なものが混じっていた。
「でも、春香――」
「私のお願い、聞いてくれるよね? 千早ちゃん」
 にっこりと春香が微笑みかける。千早は言いかけた言葉を飲み込み、スカートを握る手にぎゅっと力を込めた。
 その手がそろそろと持ち上がり、千早の下半身が露わになった。
「あはっ。ホントにはいてなかったんだ」春香が笑う。「ねえ、誰かにバレたりしなかった?」
 千早は下着を身につけていなかった。自らの手でたくしあげたスカートの中は、透けるような白い肌と、整えられた陰毛があるばかりだった。
「多分……、大丈夫、だと思うのだけれど」
「そうかなあ。小鳥さんとか、結構感づいてるかもしれないよ。あの人、妙なところは鋭いから」
「――――」
 千早は何も言い返せず、スカートを握ったままきゅっと唇を噛んだ。
「みんなきっと、びっくりするだろうね。千早ちゃんがノーパンだったなんて知ったら」春香は立ち上がり、いたずらをした子供を咎める教師のように、手を後ろで組みながら千早の周囲をゆっくりと歩いた。「露出狂の変態だって思われちゃうかも」
「それはっ、春香が……」
「あれえ、私のせいなんだ?」
「だって、春香が、私の下着を持っていったから」


  /


 それは、朝のミーティング前のことだった。千早がいつものように少し早めに事務所を訪れると、珍しく春香が先に来ていたのだ。
「春香、こんな時間に」
 驚いた千早に、春香はえへへ、とはにかんだような笑顔を返した。
「今日は千早ちゃんも来るって分かってたから。頑張って早起きしたんだ」
 ミーティングの時間まではまだ余裕があった。二人は応接間のソファに並んで腰掛けて、プロデューサーが出社してくるのを待つことにした。交わされる会話は他愛のないものばかりだったけれど、それだけで、千早は連日の憂鬱な雨空に沈みがちだった気持ちが、ふっと晴れわたってゆくのを感じていた。
「そういえば、千早ちゃん」
「なに? 春香」
「今日はスカートなんだね」
「ああ、そうね」
 春香の言う通り、千早はスカートを着用してきていた。何気なく選んだコーディネートだったが、地味なパンツルックばかりを選んでいた以前の彼女からは考えられないことだった。これも春香の影響かもしれない、と千早は思った。春香と関係を持つようになってから、少しずつファッションへの意識も変化してきている。
「そうだ、千早ちゃん」
 ふと、春香が何かを思いついたように、ソファから立ち上がった。
「春香?」
「ね、こっち来て」
 千早は手を引かれるままに、トイレの個室に連れ込まれた。
 戸惑う千早を待っていたのは、抱擁と口づけだった。
 千早は抵抗しなかった。こんな時に、こんな場所で、非常識にも程がある。理性は冷静にそう思考するものの、それ以上に、春香に求められているのだという喜びが勝っていた。
「んっ……ちゅむ、んふっ……」
 絡み合う舌と舌、混ざり合う二人の唾液。吐息が顔にかかり、そのくすぐったさにぴくんと身体を震わせる。春香のキスは麻薬に近かった。頭の芯にもやがかかったようになって、世界から春香以外のものが消えて無くなってゆく。
「春香ったら……。もう、いきなりなんだから」
「ふふ。イヤだった?」
「ううん。少しびっくりしたけれど」
「だって、千早ちゃん可愛いんだもん」
「……んっ!」
 春香の手がふとももを這い上がり、スカートの内側に忍び込む。千早は体の芯がかっと熱くなるのを感じた。無意識のうちに腰が円を描くように動き、酸欠の金魚のように呼吸が加速していく。
 春香の指先が、下着越しに千早の柔らかな肉を撫でた。薄い布地を通して伝わる春香の体温。その部分の形をなぞろうとするような繊細な動きに、くすぐったさにも似た微弱な快感がぞくぞくと身体を走り抜ける。その快感がある一定量を超えた時、千早はふいに、自分の中から熱い潤みが溢れ出すのを感じた。それはさながら、少しずつ水を注ぎ続けたグラスの縁から、表面張力の限界を越えて一筋の水が流れ出すのに似ていた。
「春香ぁっ、ショーツ、汚れちゃう……」
「じゃあ、脱がないとね」切なそうな表情の千早を、春香がふふっと笑みを浮かべて見つめる。「それとも、私が脱がしてあげよっか」
「い、いいわよ、自分で脱ぐから」
「そう? じゃあ――」
 春香は千早から身体を離し、千早の全身を視界に捉えられるように、個室のドアに背を預けた。
「ちょっと、あんまりじろじろ見ないで、春香」
 春香の視線を受けながら、千早はスカートの両脇から手を差し入れ、下着に指をかけた。スカートがめくれないよう気をつけながら足首近くまで引き下ろし、片足ずつパンプスを脱いで、足先を抜き取っていく。
「千早ちゃん、ちょっと、それ」
「え?」
 脱いだパンプスを履き直したところで、春香が手を差し出してきた。その意味を、千早はすぐには理解できなかった。
「そのパンツ。ちょっと貸して」
 千早は躊躇した。いくら親しい関係にあるとしても、今脱いだばかりの下着を手渡すのには抵抗があった。それでも結局、千早は差し出された春香の手の上に、自らの下着を丸めて乗せた。
「あはっ。まだ温かい」春香は受け取った下着を広げながら言った。フリルの縁取りがされたピンクの生地にハート型のドットが散らしてあり、ワンポイントとして中央に小さなリボンがあしらってある。「千早ちゃん、パンツも可愛いのはいてたんだね」
「ちょっと、春香。あんまり変なことしないでよ」
 千早は恥ずかしさを押し隠すように、少し怒ったような口調で言った。だが春香は、そんな千早の内心をすっかり見通しているようだった。
「変なことって?」きょとんと首を傾げて、訊き返す。口元にはからかうような笑みが浮かんでいた。「千早ちゃん、私が千早ちゃんのパンツにどんなことするって思ったのかな」
「それは……その」
「ね、どんなのが変なことなの?」
「ええと、匂いを嗅いだり、とか」
 千早は俯いた顔をかぁっと赤らめながら、小さな声で言った。
「やだぁ、千早ちゃん。私そんな変態みたいなことしないよ」
「そ、そうよね」
 ほっと表情を崩した千早を見て、春香はくすっと笑った。
「私はただ、取り上げるだけ」
「――え?」
「これは、私が預かっておくね。千早ちゃん、夕方はセルフレッスンでしょう?」
「ええ、そうだけれど……」
「私も同じ時間にレッスンだから、続きはその時に、ね」
 そう言うと、春香は千早の下着をポケットに入れて、引き留める間もなく個室から出て行った。訳の分からないまま独り残された千早は、そのままへたり込むように便座の上に腰を下ろした。ついさっきまで春香に触れられていた肉の中に、甘い疼きがまだ残っていた。ぼうっとした頭に、綺麗にしなければ、という考えがふっと浮かんだ。トイレットペーパーで拭うと、そこは自分で思っていた以上にたっぷりと濡れていて、何度拭っても、なかなか綺麗にならなかった。
 立ち上がり、水を流して個室から出る。手洗いのところで鏡に自分の姿を映し、服装が乱れていないか確かめた。一見したところは何も問題なさそうだった。だが、このスカートの中は何も身につけていないのだ。そう思った途端、拭いたばかりの部分から、再びじわりと溢れてくるものがあるのを千早は感じていた。


  /


「それで、私のせいだっていうの?」春香が足を止めて、千早の顔を覗き込む。「じゃあ訊くけど、どうして途中で代わりのパンツを買わなかったの?」
「それはっ……」
 千早は口ごもった。新しい下着を買うなどということは考えもしなかったが、言われてみれば当然に思いつくべきことのような気がした。春香はただ下着を持ち去っていっただけで、別に下着を着用してはいけないとは一言も口にしていないのだ。
「ほら、ね」くすりと春香は笑った。「だからね、千早ちゃん。千早ちゃんが今日ずっとノーパンだったのは、千早ちゃんがそうしたかったからなんだよ」
「違うっ、私は……!」
 思わずそう叫んだが、それが空虚な否定であることを、千早自身も知っていた。充分すぎるほどに効いているはずの冷房も、身体の奥から湧き上がってくる熱を冷ますのには足りなかった。鼓動と吐息が、少しずつ加速していく。スカートを持ち上げた手が、じっとりと汗ばむのを千早は感じていた。
「ねえ、はかないで過ごすのってどんな感じ? 私はそんなことしたことないから、聞かせて欲しいな」
「それは……」
 実際、それは千早にとっても未知の体験だった。ただ歩いているだけで足の間がスースーして、自分が下着を身につけていないことを否応にも認識させられる。ほんの布地ひとつの有無で、これほどまでに感覚が違うものだというのは、驚きだった。慣れてしまえば気にならなくなるだろう、という甘い見込みは打ち砕かれ、千早は何をする時であっても、絶え間なくスカートの内側の状況を自覚させられることになった。
「イヤだった?」
 春香が口元に薄い笑みを浮かべて訊ねた。千早は即答できず、視線を床に這わせた。答えたくない、というのではなかった。それよりも、その時の感情を表すのに適切な言葉が見つからなかった。
「ううん、嫌だった、というのではないけれど……」
「けど?」
 春香に促され、千早は言葉を探りながら、今日の記憶を辿った。
 下着を身につけずに暮らすということは、確かに、ある種のストレスをもたらすものだった。
 プロデューサーや他のアイドル候補生たちと談笑している時も、あるいは移動の車の中でも、あるいは出版社の記者からインタビューを受けている時も、千早は常にスカートの内側が見えはしないかと気をつけなければならないのだ。しかし、その間断ない緊張の中には、それだけではない奇妙な高揚感もまた、確かに存在していた。
 自分が今、ひどく変態的な行為をしているのだという自覚はあった。けれど、それを恥じ入るのと同時に、そのラインを踏み越えたことについて、歪んだ優越感のようなものがあることを、千早は発見していた。他の人々、平凡で退屈な普通の人々なら決してやらないことを、私はしているのだ。
 そんなことを、ぽつり、ぽつりと、言葉を探るように紡ぎながら、千早は、春香に語った。あるいはそれは、春香に聞かせるというよりも、自分で自分の気持ちを整理していく過程であるのかもしれなかった。
「なんだ、千早ちゃんも結構楽しんでたんだね」春香は朗らかな笑みを浮かべて言った。「やっぱり千早ちゃんは変態なんだよ」
「――――」
 どう答えていいか分からず、千早はスカートを握る手に力をこめた。耳から入り込んだ変態、という言葉が、ぞくぞくした甘い痺れへと変化しながら、身体の隅々に広がっていく。ふいに、さらけ出したままの股間に、じわりと熱い潤みが溢れるのを感じた。春香に勘付かれるのではないか、という恐れが千早の背を駆け上がったが、持ち上げたスカートを下ろすことはできなかった。
 懸命に平静を装おうとする千早の目を真っ直ぐに覗き込みながら、春香が言った。
「千早ちゃん、オナニーしたよね」
「……っ!」
 千早の身体が、一瞬大きく揺れて、そのまま固まった。春香は破顔した。罠にかかった野ウサギを見つけた狩人の笑みだった。
「あは、当たりだった? 千早ちゃんすごいエッチだから、もしかしたらノーパンなのに興奮して、そのまましちゃうんじゃないかなって」
「そんなっ、私、そんなこと……」
「でも、したんでしょう?」
 とっさに反論しかけた千早の言葉を、ぴしゃりと春香の言葉が遮った。嘘をつくことを許さない声だった。千早は俯いて、真っ赤になった顔を伏せたまま、消え入りそうな声で、はい、と呟いた。
 気の迷いだったのだ、と千早は思った。けれど、それを言い訳にすることはできなかった。例えどんな理由があろうとも、それをしたのは他ならぬ自分自身なのだ。
 昼食後の休憩時間にトイレに入って、用を足した後、ペーパーでその部分を拭いていた時だった。千早はそこに、尿とは違う液体による湿り気があることに気がついていた。肉体の芯に熾火のように残っているものがあって、それが内側からじわじわと身を焼いている。朝に春香に弄られて燃え上がった官能の炎が、まだ消えていないのだ。あれからもう何時間も経っているのに、と千早は思った。達しそびれたからだろうか、春香の指の感触がまだそこにあるような気がして、千早は自分の指先で直に柔らかな肉襞に触れてみた。
 電流が疾り抜けた。そこは思っていた以上に敏感になっていて、千早は肉体の奥がかっと熱くなるのを感じた。たまらず千早が目を閉じると、春香の姿が浮かび上がってきた。千早は口の中で小さくその名前を呼んだ。千早ちゃん、と返す声が聞こえた気がした。指先に感じるぬめりが増えていた。千早は瞑目したまま、自分のそこを幾度となく撫でた。桃色のクリトリスがぷっくりと充血し、包皮からはみ出していた。溢れ出す潤みを絡み付けるように、千早はその肉の突起をこね回した。春香と肌を重ねた記憶がフラッシュバックして、現実を上書きしていく。千早にとって今ここで千早のクリトリスを弄っているのは、春香の指先に他ならなかった。
 やがて絶頂の予感が迫ってきた。ああ、と千早は声を洩らした。激しく脚の付け根をまさぐる指の動きにあわせて、ぴちゃぴちゃと滴の跳ねる音が耳に届いた。千早は四肢を突っ張るようにして、身体を弓なりに仰け反らせた。背を預けたトイレの蓋が大きな音を立てたが、そんなことを気にする余裕などあるはずがなかった。僅かに残った理性が、かろうじて叫び声を上げるのだけは抑えてくれた。
 全身を駆け巡った快感が、潮が引いてゆくようにゆっくりと消えていく。気がつくとそこは狭い事務所のトイレの個室で、春香の姿はどこにもなかった。ふいに胸を締め付けられるような切なさに千早は襲われた。同時に、とんでもないことをしてしまったという後悔が込み上げてきた。こればかりは春香にも隠さなければいけない、と思った。
 だというのに――
 知られてしまった。自分があんな場所で自慰に耽っていたことを、春香に言ってしまった。千早の足下から、たまらない恐怖が駆け上がってきた。どうしよう、きっとこんな私を春香は嫌いになってしまう。千早を満たしたその恐怖は、涙となって目から溢れた。
 けれど、春香の反応は、千早が想像していたどんなものとも違っていた。
「嬉しいな」
 そう言って、春香はふふっと笑った。本当に言葉通り、嬉しくてたまらないといった笑顔だった。
「……嬉しい?」
 一瞬、その言葉の意味が分からず、千早はそのまま春香に訊き返した。
「うん、嬉しい。だって、千早ちゃんが私のこと思ってオナニーしてくれてたなんて」
「でも、だからって、私は……」
「千早ちゃんは、私が千早ちゃんのこと考えながら自分でしてたって言ったら、どう思う?」
「それは――」
 それは、きっと、恥ずかしいけれど、嫌な気持ちにはならないだろう、と千早は思った。むしろやはり、嬉しいと思うかもしれない。一緒にいない時であっても、春香が自分のことを思っていてくれたのだから。自分のことを思ってくれる人がいるのは幸せなことだと、千早は日頃から考えていた。かつて大切な人を失い、誰かを思うことも、誰かに思われることも無くなった千早にとって、春香を思い、また春香に思われることは、そのまま生きる糧に等しかったからだ。
「ええと、嬉しい……かも」
「ね? 私も一緒だよ」そう言って春香は千早の身体を抱きしめた。「いっつも、千早ちゃんのことばっかり考えてる。千早ちゃんを無茶苦茶にしたくてたまらないの。千早ちゃんの全てを私のものにしたい」
 背中に回された春香の手が、優しく愛おしむように千早を撫でた。強張っていた体と心が、柔らかく解きほぐされていくような気がした。ふっと鼻先にくすぐったいものを感じた。春香の吐息だ、と思った時には、唇を塞がれていた。潜り込んできた舌先に、自分の舌を絡ませて応じた。二人の吐息が混じり合い、溶け合って一つになっていく。
 千早の背を撫でていた春香の手が下に滑り、尻の谷間を分け入るように進んで、既にたっぷりと潤みを帯びていた秘肉に触れた。千早はたくしあげていたスカートを離し、すがりつくように春香の体に抱きついた。股間をまさぐる春香の手が邪魔をして、スカートは千早の白い下半身をさらけ出したまま、中途半端にめくれあがった形で腰の周りに留まった。だがそれを恥ずかしいと考える余裕はなかった。春香の指先がつぷりと内側に潜り込み、もう片手の指が、クリトリスをくにゅくにゅと円を描くように押しつぶしていく。そこは自分でもそれと分かる程に充血し膨らんでいた。快感がパルスのように身体を疾り抜けていく。膝ががくがくと震えだし、身体を支えているのが苦しくなった。それでも、唇と舌は息継ぐことも忘れたように、ぴちゃぴちゃと互いの唾液を交換し合っている。
「ぷはっ……ぁ」
 長い交歓の後に、ようやく唇が離れた。すぐ目の前に、上気した春香の顔があった。春香も興奮しているのだ。そう思った途端、千早の胸に迫ってくるものがあった。春香が愛おしくてたまらなかった。もっと彼女に喜んで欲しかった。そのためならば、どんなことでもできそうな気がした。
「――ふふ」千早の胸中を見通したかのように、春香が笑った。「それじゃあ、千早ちゃん。パンツ、返してあげるね」
 春香は傍らのパイプ椅子を引き寄せると、その上に腰を下ろした。両脚を広げ、さっきまで千早がそうしていたように、自らスカートをめくりあげる。春香の身に付けている下着が、千早の目に映った。
 あっ、と思わず千早は声をあげた。
 それは、千早の下着だった。見覚えのあるハートのドット柄に、小さなリボン。間違いない。確かに自分が今日はいてきて、そしてミーティング前に春香に奪い去られたものだった。
 トイレの中で春香と抱き合っていた時のことが、頭の片隅をふっとかすめた。何かの音が身体の中に大きく鳴り響くのを、千早は聞いていた。それは狂ったように拍動する心臓の鼓動だった。
「これ、すっごい可愛いから、私もついはいてみたくなっちゃった」春香が言った。その顔は無邪気に微笑んでいたが、こちらを見据える目にはどこか射すくめるような光があった。「でもこれ、なんだかちょっと湿っぽかったな。ねえ、どうしてだろうね、千早ちゃん」
 まるで火で炙られたように、千早の顔が熱くなった。確かにその下着は汚れていた。あのとき、春香の愛撫に反応し、じくじくと滲み出した愛液に濡れていたはずだ。たまらない羞恥心が込み上げてきて、膝ががくがくと震えるのが分かった。
「それは、その、梅雨時だからじゃないかしら。近頃は暑いから、汗だってかくわよ」言いながら千早は、私は何を言っているのだろう、と思った。こんな言い訳など、もはや何の意味もないのに。
「そう、汗ね」くすっと春香は笑みを洩らした。「あれは、千早ちゃんの汗だったんだ」
 そう言って、春香はパイプ椅子の背もたれに上体を預けた。座面に乗せた尻が前に滑り、半ば仰向けに寝そべるような格好になった。開いたままの両脚の付け根から、ぴったりと張り付いた布地を透かして、春香のそこが丸見えになっている。
「春香……何を?」
 惜しげもなく晒された春香の下半身に視線を釘付けにされたまま、千早は呟いた。喉がかすれて、うまく声が出せなかった。ひどく喉が渇いているような気がして、ごくりと大きく唾を飲み込む。
「言ったでしょう? パンツを返してあげるって。でも、そのままじゃダメ。条件つきで返してあげる」
「条件?」
「千早ちゃんの話を聞いてたら、私もなんだか興奮してきちゃった」春香はそう言って、つつ、と指先で下着の縁をなぞった。「気持ちよくして欲しいな。やり方は知ってるでしょう?」
「――――」
 千早は無言で春香の股間を見つめた。春香のそこは、布越しでもはっきりと分かるほどに濡れていた。ふっくらした肉の膨らみと、中央を縦に走るスリットが透けて見える。見慣れたはずの自分の下着が、こうして春香が身に付けているだけで、まるで違うもののように見えるのが不思議だった。
 膝を床について、にじり寄るように春香の脚の間に身体を潜り込ませる。顔を近づけると、むわっとした匂いが鼻をついた。汗臭いのとは違う、頭の芯をとろかすような匂い。禁断症状の末にようやくお目当てのものを手に入れた薬物中毒者のように、自分の目がトロンとするのが分かった。
 ここは練習スタジオの中だ。覗かれるような窓はないし、ドアには鍵もかかっている。とはいえ、公の場所であることには違いがない。時刻にしたって、まだ日も暮れていない。ここでセックスするなんて馬鹿げている。僅かに残った理性がそう告げていたけれど、千早はその馬鹿げたことをしようとしている自分を止められなかった。
 鼻先を埋めて、布越しに口づけをする。しっとりと湿った感触。呼吸するたびに頭の中がぼんやりと霞がかってゆくようだった。顔を擦りつけるように上下に動かし、唇の間から伸ばした舌先で春香の形をなぞる。
「あは。そんなに鼻をすんすん鳴らして、どんな匂いがするのかな」春香が楽しそうに呟く。「千早ちゃん、今朝自分で言ってたよね。パンツの匂い嗅ぐのは変態だって」
 変態。その言葉が耳をくすぐる。ぞくんと甘い痺れが肉体を駆け抜けた。
 そうだ、私は今、自分の下着の匂いを嗅いでいるのだ。これが変態でなくて何だというのだろう。けれど、しているのは春香のあそこを舐めることで、この匂いはいつものように春香の、愛しい人のそこから溢れ出す、私はその匂いを嗅いでいる、だというのに、この下着は私の(変態)そう私という変態が、いやらしく垂れ流した汁に汚れて、二人の匂いが重なり合う。溶け合う。私の(変態の)中で、この味。舌に感じる酸味。ああこれは汗なんかじゃない。汗じゃない。いや汗も混じっているのだろうけれど、それだけじゃない。もっとそれは秘密のものだ。隠さなければいけないものだ。表に出してはいけないものだ。誰にも、誰にも、誰にも。家族にだって。家族。もういない。春香だけ。ハルカと私(変態の私)の秘密。布地をずらして直に濡れた肉襞に舌を這わせる。んっ、と春香は小さく声を洩らして、身体を震わせた。嬉しい。私は(だって変態なのだから)嬉しかった。もっと、もっと。ぐちゅり、ぐちゅる、と音を立てて口全体で周囲にかぶりつき、舌先でれるれると春香の可愛らしく膨らんだクリトリスを舐ると、春香は何度も声を、ため息のような、苦しげな、でも苦痛とは正反対の悦びに打ち震えて、それが私も嬉しくて、口元が春香の私の愛液が唾液が溢れて垂れ流れて汁を啜りこの味を味わう味わって――
 思考が混乱している。
 思考を放棄している。
 思考に反駁している。
 いつの間にか、春香は下着を脱ぎ下ろしていた。かつて千早のものだったそれは、二人分の愛蜜と千早の唾液にたっぷりと濡れて、春香の片方の足首に引っかかっていた。
 遮るもののなくなった春香の秘部を、千早は夢中で舐め回していた。溢れ出す汁が天上の甘露であるかのように、無心で舌を動かすその姿は、敬虔な祈りを捧げる殉教者にも似て、どこか透き通った狂気を孕んでいるようにも見えた。
 それを愛おしげに見つめながら、春香は包むように千早の髪を撫でた。
「大好きだよ、千早ちゃん」そう言って、春香は千早の頭を押さえつけた。ぶるり、と春香の体が震えた。「証をあげる。私のものだっていう証」
 突然、口の中に溢れてきた液体に、千早は反射的に体を仰け反らせようとした。だが、強く押さえつけてくる春香の手が、それを許さなかった。千早は春香の秘所にかぶりついたまま、春香の放尿を受け止めた。躊躇したのは最初の一瞬だけで、途中からは無我夢中になって注ぎ込まれる液体を喉に流し込んだ。舌の上を通り過ぎていくそれは、苦みの中に濃い汗のような塩気が混じっていて、お世辞にも美味しいとは言えなかったが、千早は息継ぎすら我慢して、春香のそこに口づけたまま、迸るように注ぎ込まれるそれを残さず飲み干した。頭の片隅にふと、ここがスタジオの中だということが思い出されて、それが一滴もこぼしてはならないという思いに繋がったのかもしれなかったが、それ以上に、春香からかけられた証という言葉が、千早をその行為に駆り立てていた。
 千早の頭部を押さえつけていたはずの春香の手のひらは、いつの間にか慈しむような優しい慰撫へと変わっていた。
 甘美な思いが、千早の中を満たした。自分は春香のものになったのだ、という充実感が胸に込み上げてきた。顔をあげて濡れた口元を手の甲で拭おうとした時、ぐい、とその手が引かれた。
 前のめりに倒れ込んだ千早の身体が、強く抱きすくめられた。唇が重なった。すぐに春香の舌が侵入してきて、千早も舌先を伸ばしてそれを迎えた。身悶えするようにうねる二つの柔らかなピンク色の肉が、淫猥な水音を立てて絡み合った。唾液。愛液。汗。尿。もう自分が啜っているそれが何の味なのかも分からなかった。けれどそれは間違いなく二人の、いや二人だけのものなのだと、千早は思った。この味を、この無限に広がった泥のような世界の中で、私と春香だけが共有している。
 膝の上に跨るように、千早は春香と重なりあった。春香の手が広げた両脚の間に伸びて、指先が付け根に触れた。そこがすっかり開いているのを、千早は自覚していた。春香もそれを知っているのだろう、感触を楽しむようにたっぷりと潤みを絡ませてから、人差し指と中指を揃えて、ゆっくりと中に侵入してきた。
「つぅっ……!」
 入り込んでくる異物感に、身体が硬直する。自分の意思とは無関係に膣肉がきゅっと締まり、まっすぐに揃えた春香の指を強く絞りあげた。
「どうしたの? 千早ちゃん。まだ二本だよ」春香がくすくす笑う。「この前はもっと入ったじゃない」
「で、でもっ……」
「でも?」
 春香が中に入れた指を少し曲げて、内側からぐりっと押し上げた。そこから肉体の芯がとろけるような悦びが全身に広がって、口にしかけた言葉は頭の中から霧散して消えた。でも、でも、何だったのだろう。もう自分でも何を言おうとしたのか思い出せなかった。春香から送り込まれる快楽に、思考の連続性が失われている。
「ほら、三本目」
 さらに強烈な異物感が、千早の中に生じた。見えなくとも、そこが裂けそうなほど目いっぱいに広がっているのが自分でも分かった。鈍い痛みと共に、思わず恐怖がこみ上げてきた。けれど、それは最初の一瞬だけだった。膣穴の痛みは、身体の内部を駆け抜けていきながら、痺れるような甘い疼きへと変化していた。脳と膣とを結ぶ神経のどこかのチャンネルが、間違って繋がってしまっているかのようだった。恐怖は期待に塗り替えられ、噛みしめた奥歯の隙間から官能の声が洩れた。
「ん、今はまだこれくらいが限界かな」くちくちと小刻みに中の感触を確かめ、春香が言う。「いずれもっと拡張して、フィストできるくらいにしてあげるね」
「ふぃす……と?」
「そうだよ。私の手が全部すっぽり、手首まで入るようにしてあげる」
 それは。そんなことが。こんな狭くて窮屈なところに、春香の拳が全部入ってしまうだなんて。少し想像しただけで、目のくらむような思いがした。だが不思議に、できるはずがない、とは思わなかった。春香がやると言ったのだ。きっとやってのけるだろう。そして私の肉体も、きっとそれに応えることができるだろう。けれど、そんなことができるようになったそれは、もはや普通の性器とは呼べないのではないか。膣穴を、ゆっくりと長い時間をかけて、じわり、じわりと拡張していく、それは一種の人体改造だ。春香の手によって、自分の肉体が、今とは違う形へと造り変えられてゆくのだ。その過程に思いを馳せながら、千早はぞくぞくと身体を震わせた。春香の指先を咥え込んだ膣肉がヒクヒクとうねり、溢れ出した汁が手のひらまでを濡らしていく。望んでいる、と千早は思った。私のこの肉体は、春香にそうされることを望んでいる。
「ふふ。千早ちゃんも楽しみみたいだね」春香は笑って、仰け反りながら身悶えする千早の、だらしなく口元から垂れた涎をそっと舐めた。そのまま、肌の上を滑らせるように、首筋まで舌先を這わせていく。これだけ深く肉体を繋ぎながら、その触れるか触れないかの距離から届く吐息のくすぐったさが、やけに鮮明に千早の意識に焼き付いた。
「そうだ、千早ちゃん」春香の声が、耳元でささやきかける。新しい遊びを思いついた子供のように、興奮に浮き立った声だった。「ね、こっちは感じるようになったかな?」
 つぷん、と違うところに異物感が生まれた。千早の背を抱いていた春香の手が下方に滑り、両尻の谷間に潜り込んでいた。千早からは見えないところだったが、何をされたのかはすぐに分かった。春香が、その指先を浅くアヌスにくぐらせたのだ。千早は思わず身体を強張らせた。一瞬ぐっと息がつまり、ワンテンポ置いてから、塊のような吐息が洩れた。
「あはっ、すんなり入っちゃった」春香は面白そうに、中ほどまで沈めたその指を、ぬちぬちと前後に揺すった。千早は歯を食い縛り、湧き上がってくる得体の知れない感覚に耐えた。そうしなければ、自分がどこかへ押し流されて消えてしまいそうだった。そんな千早を、春香は口元に嗜虐的な笑みをたたえて見つめた。「千早ちゃんは変態だもんね。覚えてる? こないだお尻でしてあげた時のこと」
 ああ、そうだ、と千早は思った。忘れていた。いや、忘れようとしていたのだ、この感覚を。この感覚は初めてではない。この間だって、こうやって春香に尻穴を弄られた。その時にも、やっぱりこの感触を味わったはずだ。あの時、そうだ、あの時に、私は――
「千早ちゃん、すごい声で喘いじゃって。もう人間の声じゃないみたいな唸り声あげちゃってさ。あの時はじめて、お尻でイけたんだよね」
 記憶が蘇る。同時にその時の感覚も。ふいにアヌスが熱を帯びたようになって、腰が抜けたように下半身から力が抜けていく。気持ちいい。そうだ、気持ちがいい。さっきまで何と名付けていいか分からなかったこの感覚は、快感に他ならなかったのだ。そう認めた途端に、たまらない震えが肉体の内側から広がってきた。変態。私は変態だ。春香に膣穴とアナルを弄くられ、感じてしまっている変態なのだ。
「ねえ、千早ちゃん、自分が今どんな顔してるか分かる?」
 春香がふふっと笑う。千早は全身を快感に波打たせながら、その目を見つめた。瞳の中から、見たこともないような淫蕩な表情を浮かべた少女が、千早を見返してきた。これは。この顔は。こんな顔で自分は今、春香に抱かれているのか。半開きの口元からは幼児のように涎が垂れ、覚えたばかりの化粧は涙と鼻水でぐしゃぐしゃに乱れている。たまらない羞恥心が込み上げてきて、この場から逃げ出したくなった。けれどそんなことができるはずもなく、極限までとろけきった肉体は、絶え間なく踊る春香の指に無我夢中で咥えつき、さらなる刺激を求めてヒクヒクとわなないている。性器も、アナルも、初めからそうされるために存在する器官だったかのようだ。浅ましいほど肉欲に溺れていく自分を、千早自身もどうしようもなかった。両方の穴から内側を掻き混ぜる春香の指が、柔らかな肉の壁を挟んで擦れ合う。たまらない快感が全身を駆け巡り、喉から吼えるように声が洩れた。
「素敵だよ、千早ちゃん」春香が言う。「大好きだよ、大好き」
 ふいに千早は泣き出した。何かが胸の奥から衝き上げてきて、涙が止まらなかった。こんな自分を、春香は受け止めてくれる。全て肯定してくれる。自分に存在の意味を与えてくれる。そうだ、自分はこの人のために存在しているのだ、と千早は思った。春香のために呼吸し、春香のために食べて、春香のために眠る。だったらきっと、狂うのも春香のためなんだろう。
 淫らに乱れきった自分を恥ずかしいと思う気持ちは、もうなくなっていた。それも全て自分なのだと思った。ただ知らなかっただけだ。でも春香が、そんな私自身でさえも知らない私を、私の中から引きずり出してくれた。私を見つけてくれたのだ。本当の私を。
 絶頂が迫ってくる。無数のフラッシュをたいたように、視界が明滅する。血が沸騰していく。神経が焼き切れて、意識と身体がばらばらになっていく。千切れて、粉々になって、何もかもなくなってしまう。けれど春香が私を見ている。春香に見られている。この世界の全てが消えて無くなっても、私はそこに存在している。たまらない安堵感。春香の、春香に、春香が、私を見て、私を感じ、私を肯定してくれている。
 ――ああ!
 力の限りに強く肉体を結びつけながら、千早は果てた。


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「千早、この前の曲だけど、すごく好評だよ」
「そうですか?」
「ああ。売り上げも順調に伸びてるし、ファンの数だってうなぎ登りだ。社長も期待してるって言ってくれてるし、これからもこの調子で頑張っていこう」
「はい、ありがとうございます」
 千早はいつものように、事務所でプロデューサーと打ち合わせをしていた。簡素なミーティング用のテーブルを挟んで、あまり座り心地が良いとはいえないデザインチェアに腰掛けている。
 あの日から、千早は下着を身につけていなかった。春香から、もう必要ないよね、と言われたのだ。千早は諾々とそれに従った。従わない理由など、もう何もなかった。
 世間的な常識に照らせば、自分は異常な行為をしているのだろう。けれど、そのことを恥ずかしいとか、屈辱だと感じることはなかった。むしろそれからの毎日は、奇妙な優越感のようなものを千早にもたらした。自分は今、春香と秘密を共有しているのだ。自分と春香だけが知っている、他の誰も知らない秘密を。
 今日は、次曲のレコーディングに向けた打ち合わせだった。プロデューサーが仮オケの入ったデモテープを手に楽曲のイメージについて熱っぽく語るのを聞きながら、千早はふと自分の中に、ひどく醒めたものがあるのを感じていた。
「千早なら、きっとこの曲は素晴らしいものになる。俺はそう思うよ」
 もう付き合いもそれなりに長いこの男は、担当アイドルのことをよく知ることがプロデュースには欠かせないのだというのが口癖だった。確かに彼は有能なプロデューサーで、千早のことも、性格やものの考え方、細かな好みなどに至るまで、よく知悉している。そうでなければ、泡沫事務所に過ぎない765プロにあって、何人ものトップアイドルを輩出するなどできないことだろう。
 けれど。
 千早はぞくりと体が震えるのを感じた。意識せず、口元がほころび、妖しい微笑みが浮かぶ。
 この男は知らないのだ。自分が今、スカートの中に、一切なにも着用していないということを。そう思った途端、男がひどく滑稽な存在に見えた。千早は腰掛けている椅子をテーブルに寄せて、腰から下を深くテーブルの下に潜り込ませた。そうしておいて、スカートをそっとずらしながら、何も身に付けていない下半身をゆっくりとさらけ出していく。
 アイドル、如月千早の展望と方向性について熱弁するプロデューサーを、千早は冷ややかに見つめた。ねえプロデューサー、あなたが一生懸命にプロデュースしているアイドルは、机の下でこっそりとスカートをめくりあげて、両脚を広げて裸の下半身を露出させているんですよ――。
 千早はそう心の中で呟いたが、無論、男が気づくはずもない。千早はなんだかひどくおかしくなって、口元を手で隠して、くつくつと笑った。男が怪訝そうな目を千早に向けたが、構うことはなかった。見つかったらどうしよう、と怯えていた最初の頃の自分が、ひどく滑稽で矮小な存在だったという気がした。むしろ今思うのは、見つかったらどうなるのだろう、ということだった。やり方は簡単だ。椅子から立ち上がり、いきなりスカートをめくりあげてやればいい。
 プロデューサーはどんな顔をするだろうか。社長や音無さん、それに事務所のみんな――やよいや真、美希、伊織たちは何と言うのだろう。
 私を変態だと罵るか、あるいは口も利かず侮蔑の目を向けるか。それとも同情して憐れむのか。いずれにしろ、彼らが知っている如月千早という偶像は、波に溶ける砂の城のように消えて、残るのは変態行為に耽っていた如月千早という存在だけ。
 堕ちてゆく自分を想像して、千早は体の芯が熱く疼くのを止められなかった。テーブルの下に忍ばせた手で、そっと花弁の中心に触れてみる。柔らかなその肉に、ぬめるような感触があった。声を抑えながら、形に沿って指先を往復させる。甘い震えが背骨を駆け上がってきて、ため息となって唇から洩れた。
 春香。
 千早は愛しい主人のことを想った。早く彼女に会いたい。彼女の手に触れて、彼女の温もりを感じ、彼女の肌と鼓動を自らのそれに重ね合わせたい。
 春香と一緒なら、どこまででも堕ちていける。
 だって、私の好きな人は、どんな私だろうと抱きしめてくれるのだから。
 はるか。
 千早は小さく、その名前を呟いた。夢見るように細められた千早の目は、遠く無限の彼方を見つめていた。

 END