The Girls Are Alright

「はあ? 催眠術?」
「うんっ」
 そう言って、高槻やよいは頷きました。先日テレビで放映された特集番組を見て、自分もやってみようと思ったのだそうです。
「あんたねえ、そんなのやらせに決まってるじゃない」
 水瀬伊織は、やれやれ、とあきれたように首を振りました。
「えーっ、そうかなあ」
「そうよ。当たり前じゃない」
「ゲストの人も、はじめは伊織ちゃんみたいに言ってたけど、スタジオで実際に実験したりして、最後はみんな信じてたよ」
 ふたりは、伊織の家の寝室で、天蓋つきの大きなベッドの上に、並んで腰掛けています。
 ふたりとも、パジャマ姿です。
 湯上がりの、石けんのいい香りが、ほのかに漂っています。
 今日は、やよいが伊織の家にお泊まりする日なのでした。
 これでもう、五度目のお泊まりです。
 伊織の家は、超がつく豪邸です。
 はじめて伊織の家を見たやよいが、まるでお城みたいと言ったのも、無理からぬことでした。
 水瀬グループといえば、日本でも指折りの、トップ企業グループです。
 水瀬家は、その社長一家なのでした。
 もちろん、その邸宅には、ゲストが宿泊するための部屋も用意してあります。
 けれど、やよいがお泊まりする時は、伊織の寝室で、同じベッドに入って眠るのがいつものことでした。
 はじめてお泊まりに来た時に、来客用の寝室にひとりぼっちになったやよいは、心細くて寝付けなかったのです。その日は結局、伊織のベッドにお邪魔することになったのですが、以来ふたりはこうして、はじめから同じベッドに入るようになりました。
「だから、それはそういう演出なのよ」
「うーん、そんな風には見えなかったけど」
 やよいはまだ納得いかないらしく、むうーっと難しい顔をしています。
 まったく、やよいったら、自分も芸能人なのに、いつまでもこういうところ純粋なんだから。
 そう心の中で呟いて、伊織は苦笑しました。
 とはいえ、やよいのそんなところに、自分は惹かれているのだということを、伊織自身もよく分かっています。
「ホントにすごかったんだよ。術にかかった人は、なんでも言うこときいちゃうの」
「へえ」
 なんでも、か。
 伊織の中に、ちょっと好奇心が湧き上がりました。
 といっても、催眠術の存在を信じたわけではありません。
 やよいが自分になんでも命令できるとしたら、いったい何をさせようとするんだろう?
 ふと、そんな疑問が心に浮かんだのでした。
 これが亜美や真美だったら、きっとロクでもないこと言ってくるんだろうけど。
 ここはひとつ、催眠術にかかったフリをして、やよいがどんな命令を出してくるのか見てみようかしら。
「いいわよ、やよい。私が実験台になってあげる」
「ホントっ!? やったあ!」
 ぱっ、とやよいの顔に笑顔がはじけます。
 にひひっ、乗ってきたわね。
 内心でほくそ笑みながら、それが表情に出ないよう平静を装います。
「じゃあね、まずは、五円玉に糸を結びつけて」
「糸ならあるわよ」
 伊織は鏡台の下の引き出しから、小さなソーイングセットを取り出して、その中にあったボビン巻の糸をひとつ、やよいに手渡しました。
 ほつれたボタンの直しなんかは、本来メイドに頼めばそれでじゅうぶんなのですが、765プロに入ってアイドルを目指しはじめた時から、伊織はできる限り、自分のことは自分でやるのだと決めています。
「よしっ、できた!」
 やよいの手には、二〇センチほどの長さの糸が握られていました。
 その糸の、やよいが手にしているのとは反対の端に、やや古ぼけて変色した五円玉が、輪の部分に糸を通して結びつけられています。
「これをね、目の前でゆらゆらーって揺らして。そうやって相手を催眠状態にするんだよ」
「はあ」
 これはまたなんというか、恐ろしくベタな催眠術ね。
 伊織のツッコミ気質がうずきますが、ここはじっと我慢です。
「はい、ではこれをよーく見つめてください」
 やよいが、手にした即席の振り子を、伊織のすぐ目の前にかざします。
「コインにじーっと集中して、最初はつられて視線も動いちゃうと思うけど、なるべく我慢してね」
「う、うん」
 ゆっくりと、先端の五円玉が、左右に揺れ動きはじめました。
 部屋の明かりを消して、薄暗くなった室内。
 光源は、枕元の小さなスタンドだけです。
 ランプシェード越しのぼんやりした光が、下側から、向かい合うふたりの顔を照らし出しています。
 その光の具合に、どこか神秘的なものを感じて、伊織は思わずごくりと唾を飲み込みました。
 な、なんか、思ったより雰囲気あるわね。
「何も考えないように、頭の中をからっぽにして。コインだけに意識を集中させて」
 ゆらゆらと一定のリズムで左右に揺れ動く五円玉が、やわらかな光に照らされて、きらきらと鈍い黄金色に輝きます。
「目で追うんじゃなくて、意識で追うの。そう、良い感じだよ。さあ、伊織ちゃん、あなたはだんだん眠くなってきます。ふわーって気持ちよくなってきて、まぶたがどんどん重くなってきまーす」
 言われるままに、そっと目を閉じます。
「はい、そのまま十秒数えます。次に目を開けた時には、あなたは犬になっています。可愛い可愛いワンちゃんでーす」
 い、犬っ!?
 どうしよう、上手く催眠術にかかったフリができるかしら。
「じゅーう、きゅーう、はーち」
 カウントダウンの声を聞きながら、必死に頭の中で犬の演技をシミュレーションします。
 うん、大丈夫、やれるはずよね。
 ぐっと心の中で決意を固めたときに、ゼロの声がかかりました。
「はい、ではゆっくり目を開けて」
 伊織が目を開けると、そのすぐ目の前にやよいの顔がありました。もう少しで、お互いの吐息がかかりそうな距離です。
 ちょ、ちょっと! なんでこんなに近づいてんのよ!
 伊織は思わず後じさりそうになりましたが、ぎりぎりのところで我慢しました。
 いけない、私は今、犬になってるんだった。
「うーん、ちゃんと効いてるかな?」
 と、やよいが伊織の目を覗き込みます。
 私は犬。
 私は犬。
 そう胸の中で自分に言い聞かせ、伊織はやよいの目をじっと見つめ返しました。
「伊織ちゃん?」
「わんっ」
 気恥ずかしいのをこらえながら、鳴き真似をして返事します。
 やよいは自分がかけた催眠術の効果に満足したのか、にこにこと頷きました。
 もう、やよいったら。こっちの気も知らないで。
「じゃあ、伊織ちゃん。お座り」
 ベッドの上にずずいっと膝を進めて、前足に見立てた両手をきちんと揃えて、お座りの姿勢を取ります。
「はい、お手」
 差し出されたやよいの手に、ぽふんと自分の手を重ねます。
「よしよし、よくできました。えらいですねー」
 なでなでとやよいが伊織の頭を撫でます。
 あう、と伊織は心の中で声をあげました。
 なんだか、ちょっと気持ちいいかも。
 そういえば、誰かにこんな風に頭を撫でられたのは、いつ以来のことだろう。
「うーっ」
 嬉しいやら恥ずかしいやら、自分でもよく分からないむずむずした気持ちが湧き上がってきて、伊織はじゃれつくふりをしながら、やよいの体に抱きつきました。
 そうしなければ、もう顔が真っ赤になっているのを、隠しきれないと思ったのです。
「わわっ、ひゃんっ」
 ふたりの体が、もつれあって倒れ込みます。
 伊織の寝室の大きな高級ベッドは、軋み音ひとつ立てずに、ふたり分の体重をふんわりと受け止めました。
「んっ、くぅんっ」
 密着していれば、顔を見られることはありません。伊織はすりすりと額をこすりつけ、飼い主に甘える犬がそうするように、くんくんと鼻を鳴らして体をすり寄せました。
「ひゃぅっ、くすぐったいよ伊織ちゃん」
 もじもじと、やよいが腰をくねらせます。
 くすぐったい?
 知らないわよ、そんなの。
 あんたが、私に犬になれって命令したんだからね。
 もう、こうなったらとことん甘えてやるんだから。
 開き直ったように、伊織はやよいの首筋に顔を寄せ、ぺろぺろと舌先で白い肌を舐めました。尻尾があったなら、きっとふりふりと振り回していたに違いありません。
「んっ、よしよし、伊織ちゃんは甘えん坊でちゅねー」
 やよいはくすぐったそうに首をすくめながら、伊織の体を抱きかかえるようにして、後ろ頭をわしわしと撫でました。
 あのむずがゆい気持ちが、また伊織の中に広がります。
 なんだろう、これ?
 でも、嫌じゃない。
 ううん。むしろ、すっごく落ち着くような。
 気がつくと、伊織はじゃれつくのをやめて、やよいにしなだれかかるように、静かに体を重ねていました。
 薄いパジャマの生地を通して、やよいの体温が伝わってきます。
 微かに聞こえる、心臓の鼓動。
 これはやよいの? それとも、私?
 そんな思考も、ぼんやりとまどろみの中に溶けていくようでした。
 このまま、やよいと抱き合って眠りたいな。
 そんな伊織を優しく包み込むように、やよいはそっと頭を撫で続けています。
 しばらくして、ふと、やよいが口を開きました。
「ねえ、伊織ちゃん」
 なに? と言いかけて、伊織は唇をつぐみました。まだやよいの催眠術が終わっていないことを思い出したからでした。
 かわりに、上目遣いに視線を向けます。
 薄暗がりの中で、こちらを見つめていたやよいと、目が合いました。
「私、伊織ちゃんがすごい頑張ってるって知ってるから」
 そう言って、やよいはまた伊織の頭を撫でました。
「だから、たまには、素直に甘えてもいいんだよ」
 ああ。
 そっか。
 そうだったんだ。
 ふいに、伊織は理解しました。
 催眠術というのは、はじめから、単なる方便だったということを。
「気がついて、たんだ」
 ぽつりと伊織は呟きました。
「私が、その、ちょっと落ち込んでるって」
 うん、とやよいは頷きました。
「そっかあ」
 伊織は、はあ、と大きく息を吐き出しました。
 やよいの前では、そんなそぶりは見せないようにしてきたつもりなんだけどな。
 原因は、伊織のアイドル活動がうまくいっていないことでした。
 デビュー以来、快調にトップアイドルへの階段を登っていたのが、このところ、やや足踏み状態が続いています。
 すべてが順調にいくはずがないことは、伊織もよく分かっています。むしろ、困難な道のりだからこそ、それを乗り越えることに意味があるのだと、そう考えてトップアイドルを目指したのですから。
 けれど、覚悟して望んだこととはいえ、気持ちが負けそうになる時だって、ないわけではありません。
 ちょうど、ここしばらくが、そんな気分の時だったのでした。
「はあ。まったく、やよいに心配されてるようじゃ、私もまだまだね」
 そう言って、伊織はふふっと笑いました。一緒に、やよいも笑顔になります。
「うん。その感じ。いつもの伊織ちゃんだよ」
「ありがと、やよい」
 その言葉は、自分でもびっくりするくらいに、自然と口から出ていきました。
 本当に、ありがとう。
 私の大好きな、高槻やよい。
 そう心の中で呟いたとたん、急に胸が締め付けられるような息苦しさを感じて、伊織は無言のまま、ぎゅっとやよいの体を抱きしめました。
「伊織ちゃん?」
 そうだ。今なら、素直に言えるかもしれない。
「あのね、やよい」
「うん」
「私は、やよいのことが好き」
「私も、伊織ちゃんのこと大好きだよ」
 伊織は首を振りました。
「違うの。私のは、友達としてじゃないかもしれない」
「うん。それもきっと、私も一緒だと思う」
 腕を互いの体に絡ませたまま、ふたりはしばらく見つめ合いました。やよいの顔が真っ赤になって、少し瞳が潤んでいるのがわかりました。
 どくん、どくんと胸が高鳴るのが聞こえてきます。体が熱くなって、今にも破裂しそうなのに、まるで金縛りにあったように指先さえ動かせません。
 お互いに、目をそらすことができなくて、まばたきすら忘れてしまったようでした。
 どれだけの間、そうしていたでしょうか。
 やがて、何かを決心したように、やよいが目を閉じました。
 えっと。
 これって、やっぱり。
 キス、よね。
 伊織はごくりと唾を飲み込んで、そっとやよいに顔を近づけました。
 その動きが、唇が触れそうになる寸前で、ふっと止まりました。
 視界の端に、枕元からこちらを見るうさちゃんが見えたからでした。
 このうさぎのぬいぐるみは、いつもどんな時だってずっと一緒にいた、伊織の親友です。
 伊織はきゅっと唇を噛んで、心の中でうさちゃんに謝りました。
 ごめんね。今だけは、ちょっと、見ないでいて欲しいから。
 そうして、うさちゃんをうつ伏せに寝かせると、再びやよいの前に戻り、今度こそ、その唇に、自分の唇を重ね合わせました。
「んっ」
 はじめは、触れるだけのぎこちないキス。
「んっ、ふ、んむ」
 やがて、どちらからともなく舌が絡み合い、ふたりは互いの舌先の柔らかさを確かめ合うように、何度もそれを擦り合わせ、夢中になって相手の口内をまさぐり合いました。
 はじめは緊張してこわばっていたやよいの体が、手のひらの粉雪がふわりと溶けてゆくように脱力していくのが、伊織にも分かりました。
 ぷはあ、と、ようやく唇が離れました。
「伊織ちゃん、私、すっごいドキドキしてる」
 やよいが、まだそこに感触が残っているかのように、自分の唇に指をあてながら呟きました。
「私だって」
 ドキドキなんてもんじゃない。体じゅうが心臓になったみたい。
 はじめてステージに立った時のことを、伊織は思い出しました。あの時も、無我夢中で、ただがむしゃらに突っ走って、けれどそれが気持ちよくて。
「ねえ、やよい。もっと、してみない?」
 伊織は、熱っぽい声で言いました。
「えっ、それって」
「キスより先のこと」
 かああっと、やよいの顔が耳まで真っ赤になっていきます。その初々しい反応がなんだかおかしくて、伊織はついからかってみたくなってしまいました。
「やよいは、自分でしたことある?」
「そっ、そんなの、ないよっ」
「本当に?」
「う、それは、その」
 まったくないわけじゃないけど、と、ごにょごにょ口の中で呟くやよいを、伊織はにやにやしながら見つめました。
「へえ、あるんだ。意外ね」
「で、でもっ、それとこれは違うから。誰かとこういうことするのは、はじめてだからっ」
 真剣な顔になってそう言うやよいに、伊織はきゅんと胸がときめくのを感じました。
「そんなの、私だってはじめてよ」
「ホントに?」
「ホントに本当よ」
 だから、緊張してるのも一緒。恐いのも、ドキドキも一緒。
 伊織がそう言うと、やよいは、えへへ、とはにかんだように笑いました。
「じゃあ、私たち、お互いはじめてどうしだね」
「ええ、そうね」
 つられて、伊織も笑顔になります。
 はじめて、か。
 お互いのはじめての人になる。それはなんだか、とても素敵なことのような気がしました。
「じゃあ、脱がすわよ」
「ええっ。じ、自分で脱ぐよお」
「だーめ。私が脱がしたいの」
 やよいの上におおいかぶさって、パジャマのボタンを外していきます。はだけた布地の下から、すべすべしたやよいの肌が露わになりました。
「ううっ、伊織ちゃんの意地悪」
「そうよ、私は意地悪なの。だから、覚悟なさい」
「んっ!」
 伊織の手が、撫でるようにおなかの上を滑ります。やよいがぴくんと体を震わせ、くすぐったそうに身悶えました。
 さっき一緒にお風呂に入った時にも、やよいの裸は見ています。けれど、あらためてベッドの上で見つめると、その綺麗さに思わず見とれてしまいそうになりました。
 伊織もパジャマを脱ぎながら、やよいの肌に自分の肌を重ねます。なめらかな感触と、驚くほどあたたかな体温。直接触れ合うと、人間ってこんなにも熱をもったものなんだと、伊織は思いました。
「んっ、ちゅ、ちゅく」
 唇を触れ合わせ、舌先を絡ませながら、互いの唾液を混ぜ合います。
 そのまま、ほっぺた、首筋と、キスをくり返します。唇で触れるたびに、やよいの身体が反応して、しかもそれが場所ごとに微妙に違っているのが、伊織にはたまらなく愛おしく感じられました。
 もっとやよいに触れたい。やよいと感じ合いたい。やよいのすべてを自分のものにしたい。
「やよい、痛かったら言うのよ」
 伊織はそっと手を伸ばし、やよいの足の付け根に指先を滑り込ませました。ぴったりと閉じたそこを、強引に割り開くように、中指の腹で擦りあげます。他の場所とは違った、ふっくらした柔らかな肉の感触。やよいの形をなぞるように、何度も撫でていきます。
「ひあっ、ひゃ、うっ」
 伊織の指先が動くたびに、やよいの唇から、何かに耐えるような細い声が洩れてきます。
 これまで、誰も触れたことのない部分に、自分はいま触っているのだと思うと、征服感にも似たたまらない何かが、ぞくぞくと込み上げてきました。
「ねえ、やよいも触って。私の」
「う、うん」
 おそるおそる、といった感じで、やよいが伊織のそこに触れました。その瞬間、ぴりっと伊織の体に電流が流れたようでした。これまで出したことのない声が、自分の口から出たのが分かりました。
「だ、大丈夫?」
 驚いたやよいがびくっと手を引っこめそうになるのを、伊織は手首をぎゅっと握って制しました。
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけ。その、思った以上に、敏感になってたみたい」
 だから、と伊織は言いました。
「止めないで。もっと強くして。気持ちいいの、やよいに触られるの」
「うん。分かった、伊織ちゃん」
 やよいの手がもぞもぞと動き、伊織の敏感な肉をくにゅくにゅと弄りはじめました。そこはもう自分でも分かるくらいにぐっしょりと濡れていて、指が触れるたびにぴちゃぴちゃと濡れた音が聞こえました。
「んんっ! あ、ふぁあっ、はぁあっ」
 体の中を駆けめぐる快感が、押さえきれず唇からこぼれ出ていきます。
「やよい、やよい」
 熱に浮かされたように、伊織はやよいの名前を呼びました。
 頭がぼうっとして、何も考えられなくなっていきます。
 夢中になって互いの秘所をまさぐりあいながら、ふたりは何度も何度も口づけを交わしました。火照った体がうっすらと汗ばんでくるのも構わず、その汗さえも溶け合ってひとつに混ざり合えばいいと思いました。
「伊織ちゃん、伊織ちゃんっ」
 自分の名を呼ぶやよいの声が、限界が近いことを知らせています。それは伊織も一緒でした。ふいに伊織は恐くなりました。何かとてつもない大きなものが自分の中で膨れあがって、そのまま身体ごと破裂してしまうような気がしました。
 けれど、その不安は一瞬でした。
 やよいと一緒だから。
 ふたりは互いのからだを、強く強く結びつけました。空いていた手を、指を絡ませぎゅっと握りしめます。
 大丈夫。やよいと一緒なら、何も恐くない。どんなことがあったって乗り越えられる。
「あ、ああ、ふぁぁああんぁっ!」
 びくん!
 稲妻に貫かれたように、伊織の体が大きく震え、背筋が大きく弓なりに仰け反りました。
「ひゃあっ、はぁぁあんんっ!」
 同時に、やよいも絶頂を迎えたようでした。ふたりの声が重なり、ひとつのハーモニーへと昇華します。全身の筋肉がぴくぴくと痙攣し、伊織の指先にうねるように収縮する膣の動きが伝わってきました。
「伊織、ちゃん」
 はあはあと荒い息を繰り返しながら、とろけきった顔でやよいが伊織を見上げます。
「やよい」
 たまらない幸福感と充実感がこみ上げてきて、ちょっと気を抜いたら、思わず泣き出してしまいそうな気がしました。けれど、伊織は泣きませんでした。ふたりは目を合わせ、くすっと笑い合いました。嬉しい時にも涙は出るけれど、やっぱり笑顔のほうがいい。伊織はそう思いました。
「汗、かいちゃったわね」
「うん」
「どうする? シャワー浴びてくる?」
「ううん、このままがいい」
「そっか。私も、それがいい」
 ふたりはそのまま、もつれあって眠りの中に落ちていきました。



 次の日。
「どうしたの、あんたたち。そろって風邪なんか引いちゃって」
 事務所にやってきたふたりの顔を、律子が心配そうに覗き込みます。
「大丈夫よ、このくらい」
 と言い終わらないうちから、伊織はくしゅん、とくしゃみをしました。
「あーもう、それのどこが大丈夫なのよ」
「そういえば、昨日はやよいちゃん、伊織ちゃんのお家に泊まったのよね?」
 小鳥さんがキーボードを叩く手をとめて、こちらに顔を向けました。
「まさか、ふたりして、夜中にあんなことやこんなこと」
 どきっ。
「はいはい、小鳥さん。バカなこと言ってないで仕事に集中してください」
 ぐい、と律子は小鳥さんの首を無理矢理モニタ側に向き直らせます。
「いたたた、急にひねらないでっ」
「自業自得です」
 小鳥さんと律子のやりとりを聞きながら、ふたりは内心ほっと胸をなで下ろしました。あのまま追求されたら、うまく誤魔化しきれなくなっていたかもしれません。
「よかったね、伊織ちゃん」
 耳元に顔を寄せながら、小声でやよいがささやきます。
「まあ、ね。別に隠すことでもないけど」
 それでも、もうちょっとだけ、ふたりだけの秘密にしておくのもいいかもしれないわね、と伊織は思いました。
 だって、昨日はふたりの大切な記念日になったのだから。


  END