
控え目なノックの音に、ハワード=アルトアイゼンは閉じていた目をゆっくりと開いた。
深夜であった。
既に、午前零時を過ぎている。
窓から入る月明かりが、ぼんやりと、室内を照らしている。
シンプルな部屋であった。
古い部屋だ。
壁や天井は薄汚れ、ひび割れが幾筋も走っている。
部屋の中にあるのは、木製の簡素なベッドと、机が、一つずつ。
それだけだ。
他に、調度品と呼べるようなものはない。
壁に太い釘が打ち付けてあり、そこに、袖口の擦り切れたTシャツや、ぼろぼろのジーンズが、無造作に引っ掛けられている。
その釘が、この男にとっての、箪笥代わりであるらしかった。
もう一度、ドアがノックされた。
「誰だってんだ、こんな時間に」
ベッドに仰向けになったまま、ハワードは言った。
両手を、頭の後ろで組み、視線だけをドアの方に向けている。
「あの、兄貴、うちやけど――」
ドアの向こうから、声が聞こえた。
女の声だった。
若い女だ。
声の響きに、まだ幼さの名残が混じっている。
「なんだ、アルマか」
呟いて、ふっとハワードの視線が和らいだ。
ハワードはベッドから降り、ドアのロックを外した。
ドアを開ける。
そこには、少し膨れっ面でハワードを見上げる、アルマイア=デュンゼの姿があった。
「どうした? 不機嫌そうなツラぁしやがって」
「そら、せっかく訪ねて来たのに『なんだアルマか』とか言われたら、不機嫌にもなるわ」
「ああ、悪ぃ。ンなつもりはなかったんだけどよ」
ハワードは大きくあくびをしながら、ぼりぼりと頭をかいた。
右手を、開けたドア板の端に添えている。
シャツの袖口から覗く腕は太く、薄闇の中であっても、岩のような筋肉が皮膚を内側から押し上げているのが分かる。
ハワードと並んで立つと、アルマはまるで子供のようであった。
無論、アルマが特別に小柄だというわけではない。
それ以上に、ハワードの体躯が大きいのである。
「で、こんな時間に何の用だ? 急ぎじゃなけりゃ明日にしてもらいたい所なんだがな」
「うーん、急ぎっていうのとは違うんやけど、何ていうか……」
そう言いながら、アルマはするりとハワードの腕の下をくぐり、部屋の中に入った。
「あ、おい、こら。誰が入っていいっつった」
「ええやん。可愛い妹が来たっていうのに、立ち話もあれやろ。ささ、座って話そうや」
アルマはベッドに腰掛け、ぽふぽふと自分の隣を手のひらで叩いた。
「ちっ。そういうのは、自分で言う台詞じゃねえだろう」
ハワードは苦笑しながらドアを閉めた。
アルマの横に、並んで腰を下ろす。
二人分の重量に、古ぼけたベッドが小さく軋んだ。
「しっかし、相変わらず何もない部屋やなあ。ソファくらい買ったらええんちゃう?」
ぐるりと室内を見回しながら、アルマが言う。
「ああん? 別に必要ねえだろ、そんなもん」
「着替えも適当に吊るしてあるだけやし。ちゃんと畳んで片付けなシワになってまうって言うたやんか」
「着れりゃいいんだよ、着れりゃ」
「そりゃあ、兄貴はそれでええかもしれんけど――」
と言って、アルマは唇を尖らせた。
「けど、何だ?」
問い返しながら、ハワードは机の上に置いてあった煙草入れを引き寄せた。
中に入っているのは、葉巻ではなく、紙巻煙草であった。
一本を取り出し、口に咥える。
マッチを擦って火を移そうとした時、アルマが横から手を伸ばして、口元から煙草を奪い取った。
「あ、こら、何しやがる」
「前から言うてるやろ、体に悪いから吸うたらあかんって」
「だがよ――」
「だがもへったくれもあらへん。兄貴もこないだ、禁煙するって誓ってたやないか」
「う……、まァ、な」
事実その通りであったので、ハワードとしては、反論のしようがなかった。
つい先日も似たようなことで口論となり、その時ハワードはもう二度と煙草は吸わないと明言したのである。
「はぁー、うちの兄貴がこんな意思の弱い男やったとはなあ」
アルマは大げさに溜息をつき、やれやれといった風に首を振った。
「待て、まだ約束を破ったわけじゃねえぞ。こいつァ今日買ってきたばかりで、まだ一本も吸っちゃいねぇ」
「ホンマか? うちが来る前にこっそり吸うてたんちゃうやろな」
「おう、マジだぜ。神に誓ってもいい」
「そっか、良かった。……うち、煙草の臭いだけはあかんくてなあ」
名残惜しそうに見つめるハワードの視線をよそに、アルマは奪い取った煙草を二つに折り、部屋の隅のゴミ箱に放り込んだ。
「あー……、もったいねえ」
ハワードはがっくりと肩を落とし、手にしていたマッチをぶん、と振った。
火の消えたマッチを灰皿にねじこみ、はぁ、と溜息をつく。
「で、結局お前は何しに来たんだ? まさか、俺に説教垂れるのが目的ってわけじゃねえだろう」
「まぁ、そらな。実は、今日は兄貴にお願いがあって来たんよ」
「お願いだァ?」
ハワードが問い返すと、アルマは小さくこくんと頷いた。
「あのな、今、ものすごい美味しい物件があんねん」
「ほう」
「でも、うち一人じゃ資金が足らんねん。それで、ちょーっとでいいから、兄貴にも協力して欲しいなぁ、なーんて」
アルマは猫撫で声を出して、上目遣いにハワードを見上げた。
だがハワードは怪訝そうに眉をひそめ、
「おい、待てよ。こないだも同じようなこと言ってなかったか、お前」
「あぅ、そ、それは……」
痛いところを突かれたのか、アルマが口ごもる。
「絶対儲かる、こんなチャンスは今しかない、ここで勝負に出ないのは阿呆のすることだってな。ありゃ結局どうなったんだ?」
「じ、実は、そのっ、そうや、あれはコケてしもたんよ」
「……はァ?」
「なんとかプラマイゼロには持っていけたから、損はしてないんやけど。でも儲けも出ぇへんかったから」
「なるほどな。それで、また俺から金をせびろうってか」
「むー、人聞きの悪いこと言いなや。うちは商人なんやで。売るモンもないのにお金だけ貰うなんてあくどいことはせぇへん」
「へえ。じゃあお前は何を売りつけに来たんだ?」
答えを知っていながら、ハワードはわざとアルマに訊ねてみた。
ハワードにしてみれば、ささやかな反撃のつもりであった。
真っ赤になって恥ずかしがるアルマを想像して、内心ぐふふと笑みをこぼす。
だが、そんなハワードの思いもむなしく、アルマは実にあっけらかんとした口調で答えた。
「決まってるやろ、うちや」
「はいはい、分かった。買ってやるよ、その商品」
ハワードは、ぐい、とアルマの肩を抱き寄せた。
「んっ……へへ、まいどあり」
ぽふ、とアルマが体を預ける。
「どうせ、うんって言うまで帰らねぇんだろうが。ッたく、押し売りもいいとこだぜ」
「何を言うとんねん。こんなにお買い得品やのに」
「どうだかな」
ハワードは服の上からアルマの体を撫で回した。布越しに柔らかな肉体の触感とその温もりが伝わってくる。
ぷつ、ぷつっと一つずつボタンを外す。胸元をはだけると、鎖骨から二つの膨らみへと続く柔らかなラインが見えた。
「あっ……ン」
どさっ、とアルマの体をベッドの上に押し倒し、その上に覆い被さっていく。
はぎ取るように服を脱がし、肌を露わにさせる。
あまり大きくはないアルマの胸は、仰向けになるとほとんど平らになってしまっていた。自らの重みで薄く広がった乳房をかき集めるように鷲掴み、先端の突起を指で探って掘り起こす。
「んっ! は……ぁ」
窓から差し込む月光が、アルマの滑らかな肌を薄闇の中から白く浮かび上がらせていた。
その上を、ごつごつした無骨なハワードの指が、無遠慮に這い回る。
「ふぁっ……んっ、んんっ……」
アルマが体をくねらせ、肌が波打つように動く。ハワードは寄せた乳房の間に顔を埋め、その肌に吸いついた。
舌先がなだらかな丘陵を上って、先端の薄紅色の突起にたどり着く。吸い上げるように口に含んだそれを唇に挟んで転がすと、アルマの体がピクンと仰け反った。
「んッ! あっ……はぁっ……」
ハワードの手がアルマの脚の間に滑り込み、指先が複雑に折り重なった肉襞をなぞりあげた。柔らかなその肉の感触を楽しむように、指の腹を何度も往復させていく。
「ふぁぁんっ……はぁあっ……ぁ!」
甘く痺れるような快美感にアルマは体を震わせ、夢見るように細められた目が官能に潤む。
「はは、いい反応するようになったじゃねぇか。最初の頃は痛がるばっかりだったのになぁ」
「あ、アホ兄貴っ、そんなん言わんでええねん……ひぁっ!?」
アルマが最後まで言い切る前に、ハワードは指先をつぷん、とぬかるんだ淫穴の中に沈ませた。
「あ……ふ、は……っあ」
まるで母親の乳首にしゃぶりつく赤子の唇のように、アルマの膣肉がハワードの指をきゅぅっと締め付けてくる。
「おう。こいつァ具合がよさそうだ」
ハワードは深く差し込んだ指を小刻みに震わせた。その動きにシンクロするようにアルマの体が悶え、だらしなく開かれた唇から切なげな声が洩れる。
「ひぁぅ……ぁ! んんッ……!」
「おいおい、あんまり大声出すと、隣に聞こえちまうぞ?」
言いながら、ハワードはぷっくり膨らんだ肉豆をぐりぐりと親指で押しつぶした。アルマの声がさらに艶を増し、目尻に涙の粒が浮かぶ。
「だっ……てぇ、んくっ! あっ……ぅ! ひゃっ……ぁ!」
「だっても何もねぇだろ。ホラ、声抑えるよう頑張ってみな」
逃げる野兎を追い立てる狩人のように、ハワードは派手に音を立ててアルマの秘壷を掻き混ぜた。アルマの唇からさらに哀切の悲鳴が迸り、部屋の中に反響する。
「ひぅううッ……ん! そん……なの、無理っ……ぁン、ふぁああっ……!」
「やれやれ。だらしねぇな」
ぬぷん、とアルマに挿入れていた指を抜き取る。染み出した淫蜜をたっぷり絡ませた指は、窓からの月光を受けてぬらぬらと濡れ光っていた。
「じゃあ声が出せないようにしねぇとな。ほら」
ハワードはジィッ、とジッパーを下ろして、既にパンパンに膨れ上がったモノをアルマの眼前に差し出した。
「どうすりゃいいかは分かってるよな?」
「……うん」
アルマはおずおずと手を伸ばし、ハワードのそれをそっと撫でた。細い指先が棍棒のような極太のそれに絡みつき、桃色の唇が先端に寄せられる。
「んむ……チュッ、ふっ……ぅ、んむ……っ」
「おぉ……ッ」
アルマの唇が、反り返った肉の凶器を包んでいく。その柔らかな感触と温度に、ハワードは思わず呻き声を洩らした。
「んふッ……くちゅ、ぺろぺろ……れるぅっ」
暖かな温度に包まれた亀頭の上を、絡みつくように舌が這い回っていく。竿の部分をぎゅっと挟み込んだ上下の唇が、中身を扱き出そうとするかのように、幾度も往復する。
唾液をたっぷり溜めた口内は、アルマが頭を前後させるたびに、チュバチュバと淫猥な音を響かせた。
「んッ……くふぅ、ちゅぱっ……ふ……んむっ」
ハワードの怒張を口いっぱいに頬張りながら、アルマは至福の表情を浮かべている。
まるで、ずっとお預けを喰らっていた子猫が、ようやくミルクにありついた時のようであった。
そのアルマの表情を見たハワードの中に、ふと、意地悪をしてやりたい欲求が湧き上がってきた。
「上手くなったじゃねぇか、アルマ。俺以外の奴にもやってやってるのか?」
クシャッとアルマの金髪を撫でながら、ハワードは言った。
「ぷはっ……あ、アホなこと言いなや。うちが商売してるのは兄貴だけや」
「へえ、そいつは嬉しいな」
「か、勘違いしたらあかんで。別に兄貴が特別とかそんなんちゃう。兄貴が一番金持ってるからや!」
「はいはい、分かってるって」
そう言って、ハワードはアルマの頭を手のひらで抱え、口内に自らを深くねじ込ませた。
「ンッ……ぶ! ふっ……ぅ!」
入り込んでくるハワードの肉根に、再びアルマの目が夢見るように遠くなる。
「じゃあ、料金の分はたっぷり楽しませてもらわないとな」
ハワードはアルマの頭を手で固定したまま、腰を振ってずくっずくっと淫棒を突き入れた。
「んんぶっ……ぅ、ふっ……ぅ、んんッ……!」
薄く朱色に染まった頬の中を、ハワードの怒張が掻き混ぜていく。口元は溢れた唾液でベトベトに汚れ、苦しげに洩れるアルマの鼻息が、濃く茂ったハワードの陰毛を揺らす
「ふ……ぅ、よし、アルマ、そろそろ……」
存分に口淫を楽しんでから、ハワードが腰を引いた。
反り返った怒張がアルマの唇からこぼれ出て、唾液に濡れ光る先端から舌先にツーッと糸が伸びる。
「ぷはっ……うん、うちも……」
その先は言う必要もなかった。アルマの肉のつぼみは、もう充分すぎる程にぬかるみ、男を受け入れるためにその口を開けていた。
ハワードはアルマの上に覆い被さり、両足首を掴んで大きく脚を開かせた。湿った股間からむわぁっとむせ返るような雌の匂いが立ち上り、幾重にも重なったピンクの肉襞が月光にテラテラと濡れ光っているのが見えた。
自らのものを握って狙いをつけ、先端をぐっしょり濡れた中心部に押し当てる。
「はぁあああンっ……ぁ、あぁあ……!」
ゆっくり体を覆いかぶせながら、アルマの中に侵入していく。その動きと連動して、まるでピストンで押し出されるように、アルマの口から甘い喘ぎが洩れ出していく。
「くッ……キツ……」
ハワードは深く腰を差し入れ、大きく深呼吸した。
狭い肉の洞窟が、きゅんきゅんと脈動しながら締め付けてくる。気を抜けばすぐさま発射してしまいそうであった。
何度か深呼吸を繰り返し、馴染ませるように腰を回す。その動きだけで、アルマの膣肉は敏感に反応を返してくる。
「よし、動くぞ」
「う……んッ、あ……あン、ふぁあっ!」
ハワードはアルマの腰を両手で抱え、ずん、と腰を突き入れた。
「ンぁああぅっ! ひぁっ……あぁっ……ぁ!」
アルマの四肢が陸にうち上げられた魚のようにビクビクと跳ね、その口が酸欠の金魚のようにパクパクと動く。体を駆け巡る肉の悦びが、抑えきれぬ甘やかな悲鳴となってアルマの口から迸る。
「はぁッ……あぁッ……あンぅ、ひっ……ぅ!」
卑猥な音を響かせて、ハワードの肉棒がアルマの中を出入りする。そこはたっぷりと淫蜜を湛え、まるで熟しきった果実に突き入れたかのようにハワードを包み込んでくる。
「はぁっ……はぁっ……アルマッ……」
ハワードはのしかかるように身を乗り出し、アルマの両肩を掴んでゴンゴンと子宮口を突き上げた。
「ひぁああっ! あひぅッ……ぁ……ぁンッ、兄貴っ……」
すぐ間近に迫ったハワードの顔を、アルマは喜悦の表情で見上げた。しがみつくようにギュッと抱きつき、強く体を結びつける。
「んッ……ちゅく……」
ハワードはアルマの唇に自らの唇を重ねた。驚くほど柔らかなその唇に、啄むように何度も吸いついて、その感触を存分に味わい尽くす。
「はふぁ……んむぅ……くちゅ……ちゅぱ」
すると、いつもはキスに消極的なアルマが、珍しく自分から舌を絡ませてきた。お返しとばかりに舌を割り入れ、口内をレロレロと舐め回す。
「ちゅくッ……くちゅ、にちゃっ……ぴちゃ」
互いの舌先をしゃぶり合い、唾液を交換する。複雑に絡み擦れあうピンク色の舌は、それ自体が淫らに交合する一対の生き物のようであった。
夢中で口付けながら、ハワードの腰は止まらず、前後する肉棒が絶え間なくアルマの内側へ快楽を注ぎ込んでいく。
ぴったりと重ねた肌は薄く汗ばみ、その汗までもが、混ざり合い一つに溶け合っていく。
「はっ……ァ、兄貴っ……あにっ……きぃっ!」
アルマの声が、急速に切なさを増していく。可憐な顔は泣いている子供のようにクシャクシャに歪み、ハワードの逞しい背に回された腕は、その細さからは想像できないほどの強さで、きつくハワードの体を締め付けてくる。絶頂が近づいていた。
「おッ……アルマっ……くッ!」
ハワードはぐっと奥歯を噛み、一気にスパートをかけた。体の最深部からせりあがってくる何かが、加速度的に勢いを増し、痺れるような快感となって脊髄を駆け上がっていく。それが頭頂部まで到達した瞬間、爆発するように弾け飛んだ。
「あにぃっ……! あぁあッ……ぁ!ひぁああッ……ン!」
陰茎を引っこ抜かれるような激しい射精と共に、アルマの体がビクンと跳ね上がった。ハワードを見つめていた瞳がふっと焦点を失い、まるで風に揺れる柳のようにゆらゆらと漂った。
ハワードのモノを包んだ淫肉が、うねるように幾度も収縮し、ありったけの白濁液を搾り取っていく。自らの中に広がる熱い迸りを感じながら、アルマは何度も体を震わせ、忘我の表情を浮かべた。
「あぁあ……ぁっ……はぁあ……ぁ」
ようやく悦楽の頂を越えたのか、アルマの肉体を満たしていた肉欲の津波が、甘やかな喘ぎとなって、だらしなく開けられた口からゆっくりと吐き出されていく。それはパンパンに膨らんでいた風船が、ゆっくりとしぼんでいくのにも似ていた。
「くっ……ぁ……は……ぁっ」
ハワードはその様子を満足げに見下ろしながら、ぶるるっと背を震わせ、一滴残らずアルマの一番奥深くへ注ぎ込んでいった。
――事後。
「というわけで、兄貴。金は勝手に抜いてくで」
脚の間を拭い終え、服を着なおしたアルマは、そう言ってハワードの荷物をまさぐった。財布――というよりはズタ袋に近い見た目をしていたが――を取り出し、ひのふのみと中身を数える。
「あ、おいコラ、お前、人のモノを!」
「ふふーん、さすがにようけ持ってるなぁ。んじゃ、まいどあり」
アルマはちょいちょいと札を抜き、残った財布をぽーんとハワードに向かって投げた。
「待て、それ札全部持ってってるじゃねーか!」
「なんや、文句あるんかいな」
「当たり前だろーが。ほれ、小銭しか残ってやがらねぇぞ、コレ」
ハワードは空っぽになった札入れの部分を見せ、どうだとばかりに指差した。だがアルマは悪びれた様子もなく、
「だって今日の兄貴、激しかったもんなぁ。これくらいは貰わんと」
そう言って、手にした札の束を、ぴん、と指で弾いた。
「ぐぬ。まぁ確かに、ちとマジ入りかけてた部分はあるかもしれねぇが、そりゃなんつーかアレだ、こう、走り出したら止まれないというか」
あれこれ言い分けを並べ立てるハワードに、アルマはぽつりと呟いた。
「……うちは、いつでもマジやで」
「あン? なんか言ったか?」
「ううん。なにも言うてへんよ」
アルマは首を振ってにっこり微笑むと、
「これぐらい、また稼いだらええやん。ほな、おやすみ」
ヒラヒラと手を振って、するりとドアの向こうへと姿を消した。
「あっ、おい待て、明日から俺はどうやって生活すりゃいいんだー!?」
――さらに後日。
ハワードとアルマ、そしてイレンドの三人で昼食をとっている時のこと。
「でもさ、アルマって凄いよねぇ」
ふと、イレンドがそんなことを言った。
「別に凄かねぇよ、こんな奴」
「うっさい、兄貴」
ごつん、とアルマが肘鉄をハワードに入れる。
「ぐぁっ……痛ぅ、まぁともかく、アルマのどこがそんなに凄ぇってんだ?」
ハワードはわき腹をさすりながら、イレンドに訊いた。
「えっと、年齢はボクとそう違わないのに、おっきな商売に手を出して、しかも大成功してるなんて、凄いなぁって」
「あん? そりゃ手は出してるかもしれんが、別に成功しちゃいねぇだろ。この前だって、タネ銭が足りねぇって俺に泣きついてきたくらいだし」
「えっ? でも、ボクの聞いた話だと、アルマの資産はもうミッドガッツでも五指に入るランクだとか……」
イレンドがそこまで言った時。
「そういえばイレンド。なんかうちに大事な話があるって言うてなかったか?」
「アルマに? ううん、特にそんなことは――」
「言うてたよな、二人っきりで話したいって」
そう言いながら、アルマは物凄いとびきりの笑顔を浮かべた。見たら死ぬ級の。
イレンドの背中を、つぅっと冷たい汗が伝い落ちる。
「あ、うん、そうだったね。ごめん、忘れてて。ははは」
「ほな兄貴、ちょっと席空けるわ。あれやったら先に食うててええよ」
「うん? おう」
「じゃあ行こか、イレンド」
アルマはイレンドの首根っこをひっ掴み、ずるずると引っ張るように食堂を出た。
「さぁて、イレンド。前にキツーく注意しといたはずやな、兄貴の前で絶対にうちの財政状況を言うたらあかんって」
「う、ご、ごめんっ……つい、忘れてて」
「忘れたで済まされるかい! ええか、席に戻ったらなんとか誤魔化すから、あんたもうちの話に合わせるんや」
「わ、分かったよ。でもさ、アルマ。どうしてそんな必死になって隠そうとするの? ハワードさんなら別に悪いことも考えないと思うし、アルマの成功を知ったらきっと喜んでくれると思うんだけど」
「そりゃあ、口実が無くなったら困るから……って、何言わすねん、ドアホ!」
「いてっ! なんでボクにツッコむのー!?」