ログ娘でポン

「なぁ、お前らって付き合ってるのか?」
 出しぬけにそう訊かれ、俺は思わず口に含んでいた茶を吹き出した。
 そんな俺のリアクションをどう誤解したのか、
「お、図星だったか」
 ギルメンの男騎士は、にやにやと笑いながらそう言った。
「――ちょっと待て、どこをどうしたらそういう話になるんだ?」
 口元を拭いながら、俺はじろりと騎士を睨みつけた。
 だが、騎士の奴は全く気にした様子もなく、
「だって、お前ら毎日のようにデートしてるじゃん。いいなー、俺もあんな可愛い彼女が欲しいもんだぜ」
 と、しみじみとした口調で言った。
「――はぁ」
 俺は呆れたようにため息を吐き、
「あのな、突っ込み所が多すぎるんだが」
「お、どこがよ? 言ってみな」
「おうよ」
 俺は人差し指を立て、びしっと騎士の顔に突きつけた。
「まず、あれはデートじゃねぇ。狩りにつき合わされてるだけだ」
「同じことだろうが。二人っきりでラブラブお出かけ、これをデートと言わずして何と言う」
「ラブラブじゃねぇ! お前は俺がどれだけ苦労してるか知らねぇからそんなことが言えるんだ。一度俺と代わってみろっつーの!」
「オーケー、オーケー。そういうことにしておいてやるよ」
 騎士の奴はなだめるようにそう言い、
「で、他に言いたいことは?」
「おうよ」
 俺は深呼吸をして、昂ぶった気持ちを落ち着けた。
「第二に、俺たちは付き合ってなんかいねぇし、付き合う気もねぇ」
 俺がそう言うと、騎士は、えーっと口を尖らせた。
「もったいねぇ。あんな可愛い子が側にいるってのに、どうして手ぇ出さねぇんだよ」
「どうしてもこうしてもあるか。そもそも、あれが可愛いっつーお前の感性がどうかしてると思うんだが」
「そうか? 他のギルメンの間でも結構人気高いぜ、彼女」
 俺はがっくりと肩を落とし、再びため息を吐いた。
「ったく、お前ら正気か?」
 俺は頭の中に、件のローグ娘の姿を思い浮かべた。
 ちょっと幼さの残る顔立ちに、屈託のない明るい笑顔。
 かなり小柄な方ではあるが、意外に出るところは出た体。
 ――まぁ、確かに、可愛いと言えないこともないかもしれない。
 だが、それはあくまで、見た目だけの話だ。
「お前らはまだあいつのことをよく知らねぇから、そんなことが言えるんだよ」
「へぇ、詳しく聞かせてもらおうかしら」
「おうよ、まず口が悪い。人使いも荒い。ガサツで馬鹿力と、女らしさのかけらもない。あんな女に惚れる男が居たら見てみたいもんだぜ」
 そこまで言って、俺はふと騎士の視線が俺に向いていないことに気がついた。
 それだけではない。何かのジェスチャーらしき手の動き。どうやら、俺に後ろを向けと伝えたいらしい。
「ん? どうした?」
 俺はひょいと振り向き、そして凍りついた。
「あ――な、い、いつからそこに……?」
 振り向いた目の前に、件のローグ娘が頬をぴくつかせて立っていた。
「や、やぁ。こんにちは、ファラちゃん」
 騎士の奴が、努めて平静を装いながら挨拶する。どうやら、我関せずの立場を貫くつもりらしい。
「こんにちは」
 ファラはにっこりと微笑み、
「今のお話、大変参考になりましたわ」
「そ、そうか。それはよかった。じゃあ俺はこれで――」
 そう言って立ち去ろうとした俺の襟首が、ぐい、と掴まれた。
「では、私はこれから彼に個人的な話がありますので、ちょっとお借りしていきますね」
 あくまでにこやかな笑みを崩さず、ファラはずるずると俺を引っ張っていく。
「あ、うん、いってらっしゃい」
 ファラの笑顔につられて、騎士の奴も何故か笑顔になる。――そうか、こうやってみんな騙されるのか。
 俺は心の中で助けてくれと叫んでいたが、騎士の奴はひらひらと手を振って俺たちを見送るだけであった。


「さて、と――」
 二人きりになった途端、ファラの顔から先程までの笑顔が嘘のように消えていた。
「あのぅ、もしかして、聞いてました? さっきの話……」
 俺は、恐る恐るそう訊ねた。
 だが、ファラは俺の問いには答えず、短く
「正座」
 と言っただけだった。
「は、はいっ!」
 俺は慌てて足を組み、ぴんと背筋を伸ばして座り込んだ。
「――――」
 ファラは腕組みしたまま、じっと冷たい視線を俺に向けている。
 そのまま、どれだけ座り続けさせられただろうか。足が痺れ、冷たい汗が背筋を流れ落ちた。
 ファラは相変わらず、無言で俺を見つめている。
 もっと怒られるかと思ったが、ファラの表情からはいまいち感情が読み取れない。怒っているようでもあるし、どこか悲しそうでもあった。
 重い沈黙が俺たちの間に横たわる。
 正直、普通に怒られるよりもキツい。
 かといって、下手に口を開こうものなら、さらなる過酷な報復が待っているのは明らかである。
 足の痺れが痛みに変わった頃、ふとファラが口を開いた。
「狩り、行くよ」
「へ?」
 予想だにしなかった言葉に、俺は思わず間抜けな声をあげた。
「狩り行くよって……、俺と、お前で?」
 俺はキョトンとした顔で、自分とファラとを交互に指差した。
「あったり前じゃん。他に誰がいるのよ。もしかして頭悪い?」
 む、頭悪いは余計だろ、と思ったが、口答えすると百倍にして返されるので言わないでおいた。
「分かったらさっさと準備する! 四十秒だけ待ったげるからダッシュで用意してきなさい!」
「ちょっ、待てよ! まだ行くとは言ってねぇだろ!」
「はーい、もう三秒経っちゃったわよ?」
 ファラはニコニコと笑いながら、腰の短剣に手をかけた。やばい、あの笑顔はマジだ。
 俺は慌てて立ち上がり、痺れきった足に鞭打つようにして全速力で倉庫に向かった。
「行き先は騎士団ねー」
 背中越しに、ファラが叫ぶ声が聞こえた。
 えーと、白ポに青ジェム、ああ、聖水もいるな。盾はタラで……っと。
 大急ぎで荷物を詰め込み、再び全力ダッシュでファラの元へと戻る。
「はい、三十九秒ね。ギリギリセーフかな」
 ファラはあっけらかんとそう言って、手にしていた短剣を鞘に納めた。
 こっちは限界を超えた全力疾走で、心臓がバクバク鳴っている。元々体育会系ではないのだ。加えて、長時間の正座で脚は痙攣気味に震えている。
 そんな俺に構う様子もなく、
「じゃあ行こっか。ほら、ポタ出して」
「ちょ……少し、休ませ……」
「何か言った?」
 と、にっこり笑いながら言うファラ。――こいつ、絶対聞こえてるだろ。
 俺は心の中で泣きながら、ワープポータルを開いた。


「ほら、ヒールのタイミングが遅い!ノロマ!」
「ニューマずれてるじゃない、バカ!」
「アイテムは重いからあんたが持ってよね」
 ――はぁ。
 と、ため息を吐く。
 もう身にしみて分かっていたことだが、なんつー人使いの荒さだ。おまけに口も悪い。
 加えて、あの馬鹿力。レイドを短剣でザクザクとぶった切っていく姿は、本当に女なのかと疑いたくなる。
 女ギルメンの間では、「お姉さま、かっこいい~」などと慕われているらしい。こいつ、男として生まれてくるのが正しかったんじゃないか?
 そんなことを考えながら、俺はぼんやりとファラの戦う姿を眺めていた。
「はぁっ!」
 気合の声と共に、振り下ろされた刃が魔物どもを両断していく。
 羽織ったコートが翻り、無駄な肉のない引き締まった腹部が露わになる。白い肌が目に眩しい。
 襲い来る敵の攻撃を、舞うような軽やかなステップで躱していく。体格のわりに大きな胸が、少し重そうに揺れていた。
 やや上気した肌に、うっすらと汗の雫が浮かんでいる。
 眼前の敵を見つめる、真剣な眼差し。
 いつもはどこかあどけない顔つきが、今だけは凛々しく見えた。
 ふと、神話の中に出てくるヴァルキリーというのは、こんな感じなのかもしれないな、と思った。
 ――って、何で俺はあいつに見とれてるんだ!?
 慌てて、ぶんぶんと頭を振る。
 さっき騎士の奴とあんな会話をしたからだ。
 あいつが、ファラのことを可愛いなんていうから、俺までつられて妙な気分になっちまったんだ。
 うん、きっとそうだ。そうに違いない。
「ちょっと、何一人で頷いてるの?」
 気がつくと、すぐ目の前にファラの顔があった。思わずどきりとして、仰け反るように顔を離す。
「なんか変だよ、さっきからぼーっとしちゃって。あたしとの狩りがつまらないなら、そう言ってよ」
 やば、もしかして怒ってる……?
「い、いや。ちょっと考え事してただけだ」
「ふーん、ならいいけど」
 あれ? 意外とあっさり納得してくれたな。
 いつものあいつなら、もっと厳しく追及してくるはずなのに――って!
「危ない!」
「きゃっ!?」
 俺は咄嗟にファラの体を抱き、横に飛んだ。物陰から襲ってきたレイドの剣が、俺の傍らをかすめて通り過ぎる。
「つうっ――!」
 右肩に激痛が走り、俺とファラは重なり合うようにして倒れ込んだ。
「だ、大丈夫!?」
 素早く体勢を立て直したファラが、心配そうな声で叫ぶ。良かった、どうやら彼女は無傷で済んだらしい。
「俺はいい、敵を早く!」
「で、でも――」
「大丈夫だって、ほら!」
「うんっ!」
 ファラは頷き、レイドに向かい合った。不意さえ突かれなければ、ファラが負けるはずがない。
 手にした短剣が煌き、ばらばらになった鎧の残骸ががらんと音を立てて地面に転がった。
 レイドを倒し終えたファラは、申し訳なさそうな顔をしてぺこりと頭を下げた。
「ごめん、あたしが油断してたせいで……」
「いいって、こんなのかすり傷だ」
 そう言って、立ち上がろうと床に手をついたその時、手のひらにふにゅっとした感触が伝わってきた。
「ん?」
 ふと下を見ると、そこには――
「な、なんでポリンが!?」
 俺の手の下にいたのは、小ぶりのポリンであった。それも、二匹。本来、騎士団にいるはずのないモンスターである。
「枝か? 全く、こんな所で誰が――」
 そう呟いてファラに視線を戻した時、
「あれ? お前、なんか変だぞ……って、む、胸が!?」
「え――あわわわっ!」
 咄嗟に腕を組み、胸を隠すファラ。
 しかし時既に遅く、俺の目は確かにぺったんこになったファラの胸部を見ていた。
「――――」
「――――」
 そのまま、お互いに無言の時間が過ぎた。
「……こほん」
 俺は一つ咳払いをし、ポリンとファラを交互に見ながら、
「つまりあれか、このポリンたちは服の胸のところに仕込んであったわけか」
 こくん、と真っ赤な顔で頷くファラ。
「それがさっき倒れたはずみで取れてしまった、と」
 こくん。
「ほんとはぺったんなのに、ポリンで胸を大きく見せかけてたわけだな」
 こくん。
「この事を知ってる奴は、他にいるのか?」
 ふるふる。
「ふーん、へぇー、なるほどねぇ……」
 思わず口元がにやけてしまう。これはきっと神様が俺にくださったチャンスに違いない。
 日頃こき使われている恨み、今晴らさずしていつ晴らせというのか!
「……返して」
 怒り泣きのような顔で、ファラが片手を伸ばす。
「おおっと」
 俺は、ひょいとポリンたちを彼女から遠ざけた。
「うー……」
 犬みたいな唸り声をあげるファラ。くっくっく、いい気味だ。
 この機に弱みを握ってしまえば、今後こいつの尻に敷かれることもなくなるだろう。
「聞かせてもらおうか。なんでこんなことしようと思ったんだ?」
「……っ! そ、それは、その……」
 かぁっとさらに真っ赤になるファラ。すげぇ、耳まで真っ赤になってやがる。
「その?」
「――――」
 うつむきながら、じっと俺を見つめるファラ。
 はて? 俺が何か関係あるのだろうか?
 俺がきょとんとしていると、
「……おっぱいの大きい子が好きだって、そう言ってたから」
 ファラは、半ば涙目になりながら、か細い声でそう言った。
 あ――
 俺の脳裏に、はっと閃くものがあった。
 昔、まだ俺が皮もムケてないようなガキだった頃の話だ。
 大人の女性――というかおっぱいに、憧れというか、やたらと興味を持っていた頃。
 当時の俺は、「将来絶対巨乳の嫁さんを貰うんだー」なんて、バカなことを言ってまわってたっけ。
 そういえばその頃、
「じゃあ、私が将来おっぱい大きくなったら、お嫁さんにしてくれる?」
「ああ、いいぜ」
「絶対ね、約束だよ」
 ――そんな会話を、こいつと交わしたような気がする。
「でも、あたしの胸、いつまで経っても大きくならなかったから、だから……」
 小さくうずくまり、ふるふると肩を震わせるファラ。今、きらりと光ったのは、もしかして涙だろうか。
 どくん、と胸が鳴った。
「嫌いになっちゃったよね、こんな、あたし……」
 呟く声は、いつの間にかしゃくりあげるような泣き声に変わっていた。
「ばっ、バカ、そんなことねぇって! 今だって俺、お前のこと可愛いなって……」
 言ってから、しまった、と思った。
 ファラが顔をあげた。
「それ、ほんと……?」
 目が合った。
「あ――」
 今度は、俺が真っ赤になる番であった。
 俺は慌てて顔をそらし、こほん、と咳払いを一つして、
「ほ、ほらよ」
 後ろを向き、ポリンをファラに差し出した。
 その手が、ぎゅっと握られた。
 その柔らかさに、思わずどきりとする。
「お、おい、ファラ――」
 振り向こうとした俺の背中に、こつんとファラの額が押し付けられた。
「ね、お願い。もう一度聞かせて」
 熱に浮かされたような声で、ファラが呟いた。
 そのまま、俺の背におぶさるように、ファラが体を預けてきた。
 俺はびくっと体を硬くした。
 緊張に、胸の鼓動が高まる。
 ――やばっ、静まれ、俺の心臓!
 だが、そんな俺の気持ちとは反対に、心臓はどんどん鼓動を早めていく。
 ふと、そのリズムに、もう一つ別のリズムが混じっていることに、俺は気がついた。
 これは――?
 俺は少し考えて、はっと理解した。
 それは、ファラの心音であった。
 背中越しに、ファラの温度、ファラの鼓動が、俺の中に伝わってくる。
 暖かな温度だった。
 ファラの小さな胸が、高鳴っているのが分かる。
 二人の鼓動が重なり合い、心地よいリズムを奏でていた。
 ふっと、強張っていた体から力が抜けた。
 俺はファラの手を握り返し、振り向いた。
 正面からファラの顔を見つめ、
「胸の大きさなんか関係ねぇ。俺は、お前のことを、可愛いと思った。嘘じゃない」
 きっぱりと、そう言った。
 くしゃっとファラの顔が歪み、その目からぽろぽろと雫がこぼれ落ちた。
「お、おい、泣くなよ。俺、なんか変なこと言ったか!?」
「――違うの」
「違う?」
「嬉しいの。あはは、変だよね。嬉しいのに、泣いちゃうなんて」
 そう言って、ファラは目に涙をためたまま笑った。
 その時。
 俺は、本当に、こいつを世界で一番可愛いと思った。
 思った時には、既に体が動いていた。
「んっ――」
 ファラを抱き寄せ、唇を重ねた。
 ファラは一瞬、驚いたように体を硬くしたが、すぐに力を抜き、俺に体重を預けてきた。
 その体を、そっと包むように抱きしめた。
 腕の中にファラの温度を感じながら、俺はもう一度ファラに口付けをした。
 しっとりと柔らかな感触が、唇に触れる。
 ファラの腕が、俺の背中に回される。
 互いの唇を重ね合うだけの、不器用なキス。
 そのまま、どれだけ俺たちは抱き合っていただろうか。
 ふと何かに気付いたように、ファラが顔を離した。
 顔を真っ赤にしながら、上目遣いにちらちらと俺の顔を見ている。
「あ――」
 その理由を察して、俺もかぁっと赤面した。
 恥ずかしながら、その時俺の愚息は隆々とそそり立ち、ズボン越しにファラの体にぐいぐいと押し当たっていたのである。
「え、ええと、これはだな、いわゆる一つの生理現象という奴で、つまり、不可抗力というか――」
 慌てた俺があたふたと言い訳を並べていると、
「……いいよ」
 ぽつりと、ファラが呟いた。
 その一言で、俺の中の何かが、ぷつんと音を立てて切れた。
 ファラの手を取り、立ち上がる。
「――宿、行くか」
「……うん」
 ぎゅっ、とファラも俺の手を握り返した。


 こじんまりとした、簡素な部屋だった。
 俺とファラは、中央に置いてあるベッドに並んで腰掛けた。
 肩が触れるか触れないかくらいの、微妙な距離。
 俺は何となく目を合わせるのが恥ずかしくて、あさっての方向を見つめていた。
 参った。
 勢いでここまで来てしまったものの、いざこうして二人きりになると、何か気恥ずかしいというか、緊張してしまう。
 ファラも同じなのだろう。下を向いたまま、じっと押し黙っている。
 静かな部屋の中、自分の心音がやけに大きく聞こえる。
 先に口を開いたのは、ファラの方だった。
「……服、脱ぐね」
「お、おう」
 俺はくるりと向きを変え、ファラに背を向けた。
 肩越しに、微かな布ずれの音が聞こえてくる。
 ごくり、と唾を飲み込む。
 その音が思ったより大きかったような気がして、どきりとする。
 ――えっと、俺も、脱がないといけないよな、やっぱ。
 そう思い、襟元に手をかける。
 だが、手が震えて、上手くボタンが外せない。
 ぱさり、と何かが床に脱ぎ落ちる音。
 今、俺の後ろで、ファラはどんな姿をしているのだろうか。
 息が苦しい。
 どれだけ吸い込んでも、酸素が体に行き渡っていないような気がする。
 心臓は狂ったように鼓動を繰り返している。
 ええい、落ち着け俺!
 心の中でそう自分に喝を入れ、なんとか俺は服を全部脱ぎ捨てた。
「もういいか?」
 できるだけ平静を装いながら、後ろ向きのままファラに問いかける。
 でも、その声は少し上ずっていた。
「うん」
 短い、ファラの返答。
 俺は大きく息を吐くと、ゆっくりと体の向きを変えていった。
 ただ振り向くだけだというのに、その僅かの動作がやけに長く感じる。
 まるで、時の流れが今だけ遅くなってしまったような気がした。
 その長く短い時間の中、胸の鼓動が、どんどんと早さを増していく。
 どくん、
 どくん、
 どくん、
 どく、
 どく、
 どく。
 ――その瞬間、時が止まった。
 呼吸も、心臓さえも止まった。
 ありのままの姿のファラが、そこにいた。
 恥ずかしそうに顔をうつむけ、上目遣いで俺を見つめる瞳。
 強く抱けば折れてしまいそうな、華奢な手足。
 透き通るような白い肌は、ちろちろと揺れる蝋燭の炎に照らされ、ほんのりと紅に染まっている。
 自らを抱きしめるように組んだ腕の向こうに見える、小さな膨らみ。
 硬く閉じた脚の付け根に覗く、つつましやかな茂み。
 その全てが、網膜を突き抜けて、俺の脳に焼きついた。
「……やん、そんなにじろじろ見ないで」
「あ、ああ。すまん」
 そう言いながらも、俺はファラから目をそらすことができなかった。
 ただ、美しいと思った。
 息をするのも忘れて、俺はファラの裸体に釘付けになっていた。
「――綺麗だ」
 思わず、言葉が洩れた。
 心からの言葉だった。
 気がつけば、俺はファラを抱き寄せていた。
 直に触れるファラの肌は、絹のようになめらかで、羽毛のように柔らかかった。
 ファラも、ゆっくりと腕を俺の背中に回してきた。
 二人の体が重なり合い、二人の温度が一つになる。
 どちらからともなく、唇を重ねた。
「んっ……むぅ……」
 ゆっくりと舌を差し入れ、ファラもぎこちない動きでそれに応える。
 お互いの口内をむさぼるように、深く舌を絡ませる。
 さっきのキスとは違う、本当のキス。
 ついばむように、何度も舌を吸い上げる。
 唾液が混ざり合い、小さく水音を立てる。
 そのまま、俺たちはベッドに倒れ込んだ。
 重なり合った体の隙間に手を差し込み、小さな胸の膨らみに指を這わせる。
 優しく撫でるように、そっと乳房を揉んでいく。
 見た目にはまるで子供のようなささやかな膨らみは、しかし驚くほど柔らかな感触を伝えてきた。
「んっ……」
 くすぐったそうに、ファラが身をよじる。
 俺がさらにファラの乳房を揉み続けていると、ふとファラが
「ごめんね、あたしの胸、ちっちゃくて……」
 と、申し訳なさそうな声で呟いた。
 どうやら、まだ自分の胸が小さいことを気にしているらしい。
 俺の胸に、たまらない愛おしさがこみ上げてくる。
「馬鹿」
 呟いて、片方の乳房に顔を近づけると、その先端を口に含んだ。
 ファラの唇から、小さな声が洩れた。
 乳首を押し込むように舌先を押し当て、左右に動かす。
 舌を押し返すかのように、乳首が硬さを帯びていく。
 俺はその乳首を唇に挟み、少し強めに吸い上げた。
「ふぁっ……!」
 音を立てながら、何度も吸い付いては離してを繰り返す。
 つんと尖った乳首をたっぷりと唾液で濡らしてから、俺は口を離した。
 じっとファラの目を見つめ、
「大きさなんかどうでもいいだろ。俺はファラの胸が好きなんだよ」
「んっ……、ありがと」
 照れたように微笑んだファラの頬に軽く口付け、今度は反対側の乳房に同じように舌を這わせる。
「は……あん……」
 ファラの口から、甘い吐息が洩れた。
 乳首を舌で弄びながら、俺は手をそっとファラの脚の間に滑り込ませた。
 びくん、とファラの体が強張り、脚がぎゅっと閉じられる。
「――脚、開いて」
 優しく太ももを撫でながら、ファラの耳元でささやく。
「……うん」
 僅かに緩んだ脚の隙間を押し開けるようにして、手を差し入れる。
 中指の腹がファラの秘部に触れた。
「あっ……!」
 ゆっくりと、撫でるように指を上下に動かし、何度も肉の割れ目をなぞっていく。
「ふわぁ……ん……くぅ……」
 自分の中に湧き上がってくるものを吐き出すように、ファラの口から喘ぎが洩れる。
 ファラの腰が、身もだえするように僅かにくねり出していた。
 少し強めに指を押し付け、細かく震わせる。
 その動きに呼応するように、ファラの体がびくんと震えた。
「気持ちいい?」
「はぁ……うん、あっ……!」
 息を乱しながら、小さく頷くファラ。
「――ファラ、俺のも触って」
「……うん」
 ファラの手が俺の股間に伸び、その細い指が既にはちきれそうなほど硬くそそり立った俺のものに触れた。
 そっと握られた。
「あ……、すごい……硬い……」
「んっ……うん。ファラを見てたらこうなっちゃった」
「ばか、えっち……」
 言葉とは裏腹に、ファラは照れたような微笑みを浮かべた。
 ゆっくりとファラの手が動き、ぎこちない動きで俺のものをさすっていく。
 くすぐったいような、気持ちいいような、もどかしい動き。
「ね、気持ちいい?」
 手を動かしながら、ファラが訊いてきた。
「ああ、気持ちいいよ」
 少しだけ嘘の混じった答えを返す。
 本当は、気持ちよさよりくすぐったさのほうが強い。
 でも、ファラが俺のためにしてくれている――それが、嬉しかった。
 胸にこみ上げる愛おしさと共に、ファラの手の中で、俺のものはさらに硬さを増していった。
「なぁ、ファラ――」
 たまらなくなった俺は、じっとファラの目を見つめながら呟いた。
「俺、もう――」
「うん、いいよ……」
 俺は体を起こし、ファラの足元に移動した。
 膝を手で抱えるようにして脚を開かせ、その間に自分の体を割り込ませる。
 片手で自分自身を握り、探るように先端をファラのつぼみに押し当てた。
 俺がぐっと腰を前に突き出そうとした時、
「あ――」
 怯えにも似た戸惑いの声が、ファラの口から洩れた。
「どうした?」
「あぅ……その、えっと……」
 胸の前でもじもじと両手の指を絡ませるファラ。
「はじめて……なの」
「え――」
 今度は、俺が戸惑いの声をあげる番だった。
「初めてって、お前、いいのか?」
 俺でいいのか――そういう意味だ。
「……うん」
 小さく、しかし確かな決意をこめて、ファラが頷いた。
「分かった、できるだけ優しくするよ。でも――」
「でも?」
「その、俺も初めてだから……」
「え――」
 ファラの口から、驚いたような声が洩れた。
 そのまま、俺たちは見つめ合った。
 照れくさいような、気恥ずかしいような、微妙な空気。
 ふっと、ファラが微笑んだ。
「じゃあ、お互いのはじめてを交換だね」
「――そうだな」
 つられて、俺も笑顔になる。
「ね、ぎゅってしてて」
「ああ」
 上体を倒し、ファラの体を抱きしめる。
 ファラも腕を回し、俺に抱きついてきた。
「いくぞ――」
 ゆっくりと、静かに腰を入れていく。
 先端が、めりめりとファラの中に押し入っていく。
「ひぎっ……ぅ!」
 ファラの顔が苦痛に歪み、俺の背中に回した腕にぎゅっと力がこめられる。
「大丈夫か?」
 俺は腰を止め、訊ねた。
「うん、大丈夫……だから、続けて……」
 そう言ったファラの目尻に、光る雫があった。
 体は小刻みに震えている。
 大丈夫なわけがないのは、明らかだ。
 でも、耐えようとしている。
 俺のために、痛くないふりをしようとしてくれている。
「ファラ――」
 俺はちゅっとファラの頬にキスをして、再び腰を押し進めた。
 狭い肉の隙間を、無理矢理広げるように進んでいく。
「あぁあっ……くぅ……!」
 ファラの唇から悲鳴にも似た声が洩れ、体がびくんと強張る。
「くっ……きつ……!」
 ぴったりと腰をあわせ、俺は歯を食いしばった。
 気を抜けば、たちまち達してしまいそうだった。
「動く……ぞ」
 言って、ゆっくりと腰を振る。
「うんっ……あ……あぁっ!」
 初めて感じる、ファラの中。
 そこは熱く、狭く、痛いほど俺のものを締め付けてくる。
「は……ぁ……んんっ……ぅ!」
 俺が動くたびに、ファラの体が反応し、肉襞がうねり絡み付いてくる。
 たまらない快感が、背筋を駆け上がってくる。
「ごめん、ファラ、俺、止まらな……」
 切れ切れに言葉を呟きながら、俺は夢中で腰を振るった。
 もっと、ファラを感じたい。
 ファラの体を強く抱きしめ、貪るようにファラの中に俺自身を突き入れていく。
「あっ、あぅ……! はぁっ……ん!」
「おぉ……くっ……う!」
 獣のような唸り声をあげ、何度も腰を打ち付ける。
「ひぁっ……ん、あぁぅっ……!」
 ファラの体がびくびくと震え、俺の背中に爪が食い込む。
 ファラの肌に、うっすらと汗の玉が浮いていた。
 ぞくん、と俺の中から湧き上がってくるものがあった。
 ファラの中で、俺のものが一段と膨れ上がる。
「あ……いきそ……ファラっ……!」
「あぁんっ……ん……うんっ……!」
 最後の力を振り絞るように、激しくファラの奥に先端を打ち付ける。
「くぅっ……あ……あぁっ!」
 体の芯から湧き上がってきたものが先端に達した瞬間、俺は腰を引いた。
 ずるりと抜け出た肉棒の先端から、白い樹液が迸った。
「は……ぁ……あぁっ……!」
 ファラのお腹の上に、びゅっびゅっと粘つく塊を撒き散らしていく。
 根元から引っこ抜かれるような、強烈な射精だった。
 全てを出しつくし、俺は力尽きたようにファラの上に倒れ込んだ。
 俺の体を、そっとファラの腕が包んだ。
「ファラ――」
 小さく名前を呟き、俺もファラを抱きしめた。
「好きだ、ファラ――」
「あたしも、大好き……」
 抱き合ったまま、俺たちはもう一度唇を重ね合った。


 その後――
「さっさと準備しなさいっ! 置いてくよ!」
「ちょ、待てよ! おいこら、自分の荷物まで俺に持たせんじゃねぇ!」
「いいじゃない、男でしょ? か弱い女の子の代わりに自分から進んで持つくらいの甲斐性見せなさいよ」
「ったく、お前のどこがか弱い――」
「何か言った?」
「……いえ、何でもございません」
 とまぁ、こんな具合に、やっぱり俺はファラに振り回されっぱなしなのである。
 しかし――
「ほら、早く行こっ!」
 そう言って俺の手を引っ張るファラ。
 無邪気なその笑顔を見ていると、まぁ、これはこれでいいかな、なんて思ってしまうのだ。
「ちょっと、何ぼーっとしてるの?」
「いや、お前のことを考えてたんだ」
 ちょっと真剣な顔を作り、真っ直ぐにファラの目を見つめる。
「なななっ……、何言うのよ突然っ!」
 途端にかぁっと真っ赤になるファラ。
 うむ。相変わらず素直な反応をする奴だ。
 俺は、ファラの肩をぐいっと抱き寄せ、
「だって、恋人同士だろ? 俺たち」
 そっと耳元でささやいた。
「……うん」
 ファラは小さく頷き、もたれかかるように体を預けてきた。
 その体をぎゅっと抱きしめ、
「んっ――」
 もう今日の朝からだけで何度したかわからない口付けを、もう一度。
 たっぷりと舌を絡ませ合い、ゆっくりと顔を離す。
 そのまま見つめ合い、
「……えへへ」
 ふっと、ファラが微笑んだ。
 つられて、俺も笑顔になる。
「あたし、今ね、すっごい幸せ」
「俺もさ」
 頭上には、どこまでも広がる青い空。
 眩しい日差しの中、ファラの笑顔は太陽よりも輝いて見えた。