恋心・イン・チャイナドレス

  1/


 用意された衣装に着替えてから、鏡の前に立って軽く体を動かしてみる。思ったよりも動きやすかった。伸縮性に長けた素材を使ってあるのかもしれない。
 中野有香にとって、チャイナドレスを着るのは、これが生まれてはじめてのことだった。実際に着てみるまではもっと窮屈な着心地を想像していたが、これならばステージでも存分に動き回れそうだと思った。
 ツアーの演目は、功夫をテーマにしたアクション色の強いものだという。衣装の制作にあたっても、そういったことを考慮に入れてあるのだろう。
 試しに、いくつかの形を演じてみる。襟周りや袖口、肩まわりにも不自由さはない。
「はっ!」
 有香は鋭い呼気と共に、上段回し蹴りを放った。地面から跳ね上がった足が綺麗な弧を描き、ぴたりと顔の高さで静止する。
 うん、と鏡を見てうなずく。股関節の可動域も問題なさそうだ。
 ゆっくりと足を戻し、脇を締めて呼気をはき出す。
 と、後ろから拍手が聞こえた。
「さすがでありますな! 有香殿」
「大和さん!」
 振り返ると、同じ事務所に所属するアイドルの大和亜季が感心した様子でこちらを見ていた。
 有香と同じように、チャイナドレス風の衣装を着ている。彼女も今度のツアーのメンバーに選ばれているのだ。今日も、衣装合わせに呼ばれたのだろう。
「角度、速さ、軸足の安定度。三拍子そろった見事な蹴りであります」
「いえ、そんなっ! あたしなんかまだまだ修行中の身ですから!」
 照れながら頭をかく。褒められるのは嬉しいけれど、どうにも背中がむずむずしてしまう。道場の師範は厳しい指導で知られた人で、黒帯を持つ有香であっても、素直に褒められたことはほとんどない。
「いいや、いい動きだよ。有香をツアーメンバーに選んでよかった」
「プロデューサー……!? 来てたんですかっ!」
 亜季の後ろから現れたのは、ふたりが所属する事務所のプロデューサーだった。ぱっと有香の顔が明るくなった。たたっと駆け足でプロデューサーに駆け寄る有香を見て、亜季はやれやれ、といったように苦笑した。
「今度のツアーは、アイドルたちによる生身のアクションが売りだからな。それに相応しい人選をしたつもりだが、今のところ、俺の目に間違いはなかったらしい。トレーナーから報告が来てるよ。優秀な生徒たちだとな」
「押忍! ……じゃなかった、ありがとうございます! 期待に応えられるよう頑張ります!」
「自分も微力を尽くすであります!」
 亜季がプロデューサーに敬礼する。
「おう、頼んだぜ」
 プロデューサーはそう言って笑うと、手に持っていたスポーツ飲料のボトルをふたりに投げて寄越した。差し入れということらしい。
「で、どうだ? 今回の衣装は」
 自分は缶コーヒーを開け、中身を口に運びながら、プロデューサーが訊ねる。
「あ、はい! とても動きやすくて、これなら思い切り暴れられそうです!」
 ゴフッ、とプロデューサーがむせた。
「いや、そういうことを聞いたんじゃなくてだな……、有香のそれは、メインキャストに相応しい華やかさを、と特に念押しして作らせたんだ。気に入ってくれるといいんだけどな」
 口元を拭いながら、プロデューサーが苦笑する。それでようやく、有香は自分の勘違いに気がついた。
「す、すみません! その、すごく可愛くて、あたし嬉しいです!」
「可愛いだけじゃなく、とてもセクシーでありますね!」
「ええっ!? せ、セクシー……ですか? でも、露出なら水着とかの方が」
「ふっふっふ、男ゴコロはそう単純ではないのですよ、有香殿!」
 亜季がにやりと不敵に笑う。有香はわけがわからず、おろおろと戸惑うばかりだった。
「ですよね、プロデューサー殿」
「ああ。でもまあ、有香にはまだ難しいかもしれないな」
「ええっ、そんな! あたしにも教えてください!」
「ま、いずれ分かる日も来るさ」
 プロデューサーも笑って、残りの缶コーヒーを一気に飲み干した。
「それよりも有香、その衣装でのハイキックは気をつけたほうがいいぞ。本番の時はともかく、今日は普通の下着のようだからな」
「え……」
 その言葉の意味を理解し、かああっと有香の顔が赤くなっていく。
「み、見てたんですかっ、プロデューサー!」
「その点、自分の衣装は安心でありますな。有香殿と違って下もはいておりますゆえ」
 はっはっは、と亜季が笑う。
「ううっ、笑い事じゃないですよ!」
「見てたというか、見えたというか……。ともあれ、有香にはまだセクシー路線は早かったかもなあ」
「でありますな。あのパンツの可愛さたるや、セクシーとは真逆……」
 うんうん、と頷きあうプロデューサーと亜季。
「わ、忘れてくださいっ! いえ、忘れさせてみせます! あたしのこの拳で!」
 有香はぐっと拳を握りしめた。
「ちょ、拳はまずいでありますよ、有香殿!」
「問答無用ですっ! えーい!」
 プロデューサーと亜季は大あわてで部屋の中を逃げ回りだした。どたばたと騒々しかった三人の追いかけっこは結局、一番最初に体力の尽きたプロデューサーが平謝りするまで続いた。


  /


 ホテルの廊下はひっそりと静まりかえっていた。有香は携帯のメール画面を見ながら、プロデューサーの部屋を探した。プレートの番号をしっかりと確認してから、ドアをノックする。
 有香は自分が少し緊張しているのを自覚していた。こうしてプロデューサーの部屋を訪ねるのははじめてのことではないが、それでもやはり深夜に男性の部屋を訪れるというのは、有香にとってまだある種の冒険に近かった。
 足音が近づいてきて、ロックを外す音がした。ドアが薄く開き、バスローブ姿のプロデューサーが顔を覗かせた。髪が濡れている。どうやら風呂上がりのようだった。肌から立ち上るむっとした湯気の温度と、それに混じる柔らかな石けんの香り。有香はどくん、と胸が高鳴るのを感じた。
「おう、有香。よく来たな、まあ入れ」
「は、はいっ! お邪魔します!」
 ぺこりと頭を下げて、室内に足を踏み入れる。間取りや調度品は、有香が泊まっている部屋と同じだった。けれど、机の上に広げられた書類や、壁のコンセントから充電中のノートPCといった細かな品々が、ここがプロデューサーの部屋だということを物語っている。
 部屋の中央あたりまで来て、有香は辺りを見渡した。ひとまずソファにかけるべきだろうか。それとも、いきなりベッドに腰を下ろしてしまっていいものか。もちろん、いずれはそういうことになるだろうとは思っているし、有香自身、それを期待してもいた。
 だからといって、はじめからベッドに向かうのは、ちょっと慎みに欠けるような気もしてしまう。
 有香がそんな逡巡をしていると、プロデューサーが有香の腰に手を回してきた。顔をあげた有香の唇に、プロデューサーの唇が重なった。柔らかな温度が触れる。プロデューサーの体温が、触れ合った部分から有香の中へと伝わってくる。
「んっ……ふ、ちゅ……んむ、ちゅく……」
 唇を割り開いて入り込んできた舌に、自分の舌で応じる。柔らかさを確かめ合うように触れ合った舌は、やがて深く絡まりながら、ぴちゃぴちゃと互いの唾液を混ぜ合う音を響かせた。
 背の低い有香にとって、立ったままのキスはそれなりに苦労を伴うものだった。もちろん、プロデューサーも背をかがませてくれているが、有香はいつもこっそりつま先立ちをして、少しでも背丈の差を埋めようとしていた。それはささやかな見栄もあったが、自分の身長のせいでプロデューサーに迷惑をかけたくない、という思いの方が強かった。
「あむ、ちゅっ……んく、ちゅぱ……ちゅっ、ちゅ、れる……んんふ」
 けれど今は、ふくらはぎの疲れも全く気にならなかった。プロデューサーとようやく二人きりになれた、その喜びが有香の体を満たしていた。ツアーがはじまってからというもの、有香とプロデューサーは毎日、ほぼずっと一緒にいる。しかしそれはあくまで、アイドルの中野有香とそのプロデューサーとして、のことだった。
「くちゅるっ、ちゅぷ、あふぁ……は、あ……ん」
 重なった唇の隙間から、熱っぽい吐息がこぼれ出して、ホテルの客室を満たした薄闇に溶けて消えてゆく。
 プライベートでの二人、つまり恋人としての有香とプロデューサーの関係は、今はまだ秘密にしておかなければならない。しかし、すぐ側にいるというのに、お互いの体を抱きしめることもできないというのは、思っていた以上につらかった。いわば、ずっとお預けを食っていたようなものだ。
 吐息が重なり、混ざり合う。絡み合う舌と舌が、有香の中にあったささやかな自制心を、形もなく溶かしてゆく。もっと触れたい。もっとプロデューサーと重なり合いたい。
 さっき、ドアを開けてプロデューサーの姿を見たときだって、本当はすぐに駆け寄って抱きつきたかった。けれど、ホテルの廊下ではどこで誰に見られるか分からない。だから、飛びつきたい気持ちをぐっと我慢して、ここまでやってきたのだ。
「ぷはぁっ……は……ぁ、プロデューサー……」
 唇を離し、潤んだ瞳で見上げる。
「どうした? ずいぶんと今日は積極的なキスじゃないか」
「だって! もう、寂しかったんですよ、ホントに!」
「俺もだよ」
 プロデューサーがそう言って、ちゅっと有香のほっぺたに口づけをする。
「んっ……ほ、ホント…ですか?」
「ああ。ずっと有香を抱きたかった。本番中、ステージ狭しと暴れ回る有香を見ながら、ずぅっとムラムラしてたんだぜ。特にそのチャイナドレス衣装が、たまらなかった」
 ぐい、とプロデューサーが腰を押しつける。
「あ……んっ」
 プロデューサーのそれは着ている衣服越しにもはっきりと分かるほど硬く、雄々しく勃起していた。その肉の尖槍で腰のあたりをこつんと小突かれ、有香の中にぞくんっと得体の知れない甘い震えが駆けめぐる。
「そのっ、このチャイナドレスって……そんなに、その、男の人にとって……いいもの、なのでしょうか?」
 んー、とプロデューサーは少し考え込むそぶりを見せてから、
「そうだな、いい機会だし、少し有香にレクチャーするのもいいかもしれん」
「押忍……じゃなかった、よろしくお願いします、プロデューサー!」
「いいか、男ってのはな、見えてるものにエロスを感じるんじゃないんだ。それは単なる視覚情報でしかない。エロスの根源は、想像力だ。想像力が頭の中に作り上げたものに、男はたまらない欲情を抱くのさ」
「うう……よ、よくわかりません」
「この衣装を着ていると、ボディラインがくっきり浮かび上がるだろう? でも、実際に体が見えてるわけじゃない」
「は、はい……」
「スカートの丈も短く、スリットだって深い。ふとももまで丸見えになっちまいそうだ。だが、全部が見えるわけじゃない。この見えそうで見えない、ってのが重要なんだ。見えないから、想像力が刺激されるんだよ。見えないものを見ようとしてな」
「見えないものを、見ようと……」
「そうして見えたものは、実際に目で見たものなんかよりも、ずっと直接的に、男の本能を刺激するのさ。想像力が作り上げた有香の裸は、目の前どころか、頭の中にあるんだからな」
「あたまの中に……裸の、あたし……が」
 ぞくぞくと、有香の体が震える。肉体の芯のあたりがかっと熱くなって、そこからとろとろと溢れてくるものがある。口の中がやけに乾燥して、声がかすれそうになった。
「そ、そのっ……! プロデューサー……も、あたしに……そういうこと、考えたり……」
 言いながら、おそるおそる顔をあげる。
「ああ、もちろんだよ、有香」
 こちらを見つめるプロデューサーと目があった。有香の胸が大きくどくんと音を立てた。
「軽蔑するか? 俺のことを、いやらしい男だって」
「いえっ! そんな……」
 そんなことは思わなかった。何かが有香の体の奥底から湧き上がってきて、それが口元まで出かかっているのに、言葉にならない。そんな有香をからかうように、プロデューサーは言葉を続けた。
「そのチャイナドレスを着て、ステージの上できらきら輝く有香の姿を見ながら――」
 言いながら、わざとあからさまな視線を有香に向けてくる。見られている、と有香は思った。プロデューサーには、ドレスの布地を透かして、裸のあたしが見えている。たまらない恥ずかしさがこみ上げてきて、膝ががくがくと震えた。だというのに、止めて欲しくないと願っている自分がいる。
「俺は頭の中で、何度もお前を裸にし、そのスリットの奥にある肉壺に、俺のいきり立ったものをぶち込むのを想像してたんだぜ」
 ぞくんっ、と有香の背筋を甘い震えが駆け抜けた。想像の中で、プロデューサーのペニスが、有香の体を貫いたのだ。言葉はプロデューサーのものだったが、今やその想像は、有香の意識をもしっかりと捕らえ、支配していた。
「あたしも……です」
「有香も?」
「そのっ、あたしも……プロデューサーに抱かれるの、想像して……えっちなこと……」
 自分は何を言っているのだろう、と有香は思った。こんなこと、絶対にプロデューサーに知られたくないはずなのに。けれど言葉は止まらなかった。肉体ではなく、精神の奥深くにある恥ずかしい部分を、プロデューサーの前にさらけ出してしまいたかった。
「してたのか? 自分で」
 こくん、とうなずく。顔がかっと熱を帯びるのが、自分でもわかった。顔から火が出るというのはこのことだ。
「す、すみませんっ! ダメですよね、こんな……あたし、ごめんなさい」
「ダメなもんか。嬉しいよ、有香がこんなかわいやらしい女の子だったなんて、な」
 プロデューサーが有香の顔を覗き込む。キスの距離。けれど触れ合ったのは唇ではなく、互いの額だった。そのままプロデューサーは有香の耳元に近づいて、何度も可愛いよ、とささやいた。
「あ……う」
 恥ずかしいやら嬉しいやらで悶え死にしそうなのを必死にこらえながら、有香はぱくぱくと酸欠の金魚のように口を動かした。実際、有香も酸欠だった。頭がぐるぐると回って、何も考えられない。
「じゃあ、そんな有香をたっぷり可愛がってあげないとな」
 プロデューサーが、そっと有香の体をベッドに横たえていく。唇が首筋に触れた。有香は自分の体が、ひどく敏感になっていたのを知った。
「ひゃっ……ぅ! あっ……ん、は……ぁ」
 チャイナドレスの上から触られただけで、ぞくぞくと甘い痺れが体の中を駆け抜けていく。耳朶を甘噛みされ、肩をすくませて艶やかな吐息を漏らす。
 側面のスリットからプロデューサーの手が入り込み、太ももをはい上がってくる。くすぐったさと恥ずかしさに思わず足を閉じようとするが、プロデューサーはそれを許さなかった。太ももの付け根まで達した指先が、下着越しに有香の秘所を撫でた。
「あんっ! ふぁぅ……ぁ、ダメですっ……そこっ、は……ぁ」
「痛かったか?」
 ふるふる、と有香は力なく首を振った。
「その……きもちいい、です。でもっ、その……」
 ははあ、とプロデューサーが意地悪な笑みを浮かべる。
「どれどれ、エッチな有香のおまんこがどれだけ発情しちゃってるのか、しっかり確かめないとな」
 チャイナドレスの裾が持ち上げられ、プロデューサーが中を覗き込む。顔を突っ込み、蒸れた匂いを確かめるように息を吸い込むのがわかった。
 きっと今の自分は、ひどく淫らな雌の匂いを発散させているに違いない。有香は恥ずかしさと緊張に身体を強張らせ、顔を両手で覆いながらそれに耐えた。しかし、気になっているのは、自分の身体のことだけではなかった。
 今日の有香は、普段なら身につけないような大人びた下着をはいてきていた。紫のレース素材を使ったセクシーなデザインで、ヒップの部分などはほぼ紐状に近い、いわゆるTバックのショーツである。そういった方面に疎い有香のために、事務所の先輩が教えてくれた高級ランジェリーショップで買ってきたものだった。
 慣れない店内の雰囲気に終始気圧されながら、店員に勧められるまま半ば強引に買わされた感もあるセクシーインナーだったが、自分がこれらの下着をつけてプロデューサーを誘惑するのを想像すると、どきどきと胸が高鳴るのも事実だった。買い物を終えて家に帰った有香は、さっそく包みから出した下着を身につけて、何度も鏡の前でポーズを取ったりした。あの時の自分は浮かれていたと、我ながら思う。
 けれど今、こうして実際にプロデューサーに見られそうになると、急に不安めいた気持ちが湧き上がってきて、怖くてたまらなくなった。
 もしも……もしも、似合ってない、と言われたらどうしよう。
 有香はぎゅっと目を閉じて、祈るような気持ちで体を硬くした。
「おっ、今日は見慣れない下着をつけてるじゃないか」
 プロデューサーが言った。びくんっ! と有香は思わず、脚を閉じようとした。けれど無駄だった。プロデューサーは有香の股間をまじまじと見つめながら言った。
「随分とセクシーで、今の有香にぴったりだ。可愛くて、いやらしくて、な」
「ほ、ホントですかっ!?」
「ああ。似合ってるよ……って、どうした? 有香」
 プロデューサーが戸惑ったような声をあげた。それもそのはずだ。有香の目からは、ぽろぽろと涙の雫がこぼれ落ちていた。
「い、いえっ! 違うんです、これはその……あたし、嬉しくて」
 緊張が一気にほぐれ、安堵した途端に、思わず泣いてしまったのだと、有香はプロデューサーに言った。
「有香、お前、このあいだのこと気にしてたのか?」
 このあいだのこと、というのは、衣装合わせではじめてチャイナドレスを着た時、可愛らしいプリントのパンツをプロデューサーや大和亜季に見られたことだった。
 有香はこくん、と頷いた。
「そっか。いや、すまなかったな」
「ううん、いいんです。それよりも、プロデューサー……その、続き、お願いします」
 もじもじと身体をくねらせながら、有香はおずおずとそう口にした。嬉しさに胸が詰まりそうで、このままプロデューサーとひとつになって溶け合いたかった。
「ああ、もちろんだ」
 プロデューサーが有香の上に覆いかぶさってくる。するすると下着が脱がされ、隠すもののなくなった有香の両脚の間にプロデューサーが顔を埋めた。
「あっ……ん! ひゃっ……ぁ……はぁぁんっ!」
 膝裏を持ち上げられ、思い切り腰を浮かせた格好で、有香は甘い声をあげて体を震わせた。
 羞恥心をあおるように、プロデューサーが大きな水音を立てて有香の淫蜜を啜る。たまらない恥ずかしさが、さらに有香の奥底にある情欲をかき出し、昂ぶらせてゆく。
「ふぁぁっ……んん! あっ……ぁ、プロデュー……さぁっ、んっ!」
 プロデューサーの巧みな舌使いが、まだ使い込まれていない有香の鮮やかなサーモンピンクの肉ビラを丁寧になぞりあげ、肉体の中から快楽を引き出していく。充血したクリトリスを舌先で転がされると、ぴりっと体に電流が流されたような気がした。全身を駆け巡ったその痺れが、甘い快感へと変化しながら脳天へと抜けてゆく。
 ねばつく汁を溢れさせる淫穴が、舌先でほじくり返される。有香のぷっくりと膨れ上がったクリトリスが、吸われるようにプロデューサーの口に含まれ、小刻みに舌で舐られる。
 有香はたまらず、ブリッジをするように腰を高く持ち上げ、股間にむしゃぶりつくプロデューサーの口元に、自らの淫部を押し付けるように腰をくねらせはじめた。絶頂が近づいているのだ。
「あっ! あぁっ……! ひぁ、は、あんぅ! ぷろっ、でゅー……さぁっ!」
 声がかすれ、裏返る。プロデューサーも有香の変化に気がついているのだろう。がっちりと掴んだ尻を持ち上げながら、さらに激しく有香のそこに吸い付いてきた。
「んんぁぁは……ぁっ! あぁぁぁっ……んくぅんっ!」
 ぎゅっと閉じたまぶたの裏で、視界が真っ白にスパークした。有香の身体が大きく跳ね、波打つように全身が震えた。
 たまらない快感が体中を駆け巡る。だらしなく開いた口元から涎が糸を引いて垂れ落ちたが、それを気にする余裕などあるはずもなかった。有香はしばらく、呼吸するのさえ忘れてびくびくと身体を打ち震わせた。
「よしよし、可愛かったぞ」
 無重力を浮遊する意識の中で、有香はプロデューサーの声を聞いた。頭に何かが触れるのがわかった。それがプロデューサーの手のひらだと理解するのに、少し時間がかかった。有香は喉をくすぐられた猫のように、うっとりとその感触に身を委ねた。
「プロデューサー……その、次は、一緒に……」
「少し休まなくていいのか?」
「はい、大丈夫です……多分」
「よし、じゃあちょっと力抜けよ」
「押忍っ……じゃなかった、はいっ」
 有香の両脚が広げられ、プロデューサーがその間に体を割り入れる。視線を向けると、反り返って屹立しているペニスが見えた。
 あれが、今からあたしの中に入るのだ。そう思うと、初めての時の痛みがふと脳裏をかすめた。けれど、怖くはなかった。肉と肉の結合。それがもたらす淫らな悦びの味を、すでに有香の身体は知っていた。
 くちゅり、と先端が触れた。狭い肉の穴が押し広げられ、異物感が内側へと入り込んでくる。一瞬ぴりっとした痛みを感じたが、ぐっと奥歯を噛みしめると、それはすぐに肉欲の悦びに塗りつぶされて消えた。
「あぁぁはっ……ぁ! んんっ……く……ぅ……ふぁぁあ……ぁ!」
 入り込んでくるそれに押し出されるように、有香の唇から吐息が洩れた。
 ぴったりと奥まで密着しながら、プロデューサーが馴染ませるように腰を揺する。それだけの動きにも有香のそこは敏感に反応し、咥え込んだ肉棒をキュウキュウと締め付けた。
「はぁぁんぁ……ひぁ、あ……は……ぁ」
「くっ……ぅ、すごい締め付けだ。さすが、鍛えてるだけはあるな」
「お、押忍っ、すみません」
「褒めてるんだよ。有香のおまんこは最高に気持ちいいってな」
 言いながらプロデューサーは、ずんっ、と腰を深く打ち付けた。
「あ……んっ! ひゃあっ……ぁ……ふ!」
 不意打ちに近いその動きに、有香が身体を仰け反らせて甘美な悲鳴をあげる。追い打ちをかけるように、プロデューサーはそのまま激しく抽送を続けた。
 限界まで勃起したペニスが、有香の膣内をぞりぞりとえぐってゆく。たまらない快感が全身を駆け巡り、単純で純粋な快楽が理性を押しのけて頭の中を一色に染め上げていく。
「んんっ! あ……ぁぁは! あひっ……ぅ…ぁ……あん! プロデューサぁっ……ぁ! んんっ!」
「は……ぁ、くっ……ぅ!」
 荒々しい獣のような吐息に、絞りだすような声が混じる。苦しげにも聞こえるそれは、しかし苦痛とは正反対の、快楽と愉悦の声であった。
 ベッドのスプリングが軋み、肉と肉がぶつかり合う音がリズムを刻む。
 熱く潤んだ有香の奥から愛液がとめどなく溢れ出し、まるでお漏らししたようにしとどに濡れた股間が、腰を打ち付けられるたびに淫猥な水音を立てる。
 有香の上に覆いかぶさったプロデューサーが、チャイナドレスの上から胸の膨らみを鷲掴みにし、柔らかな肉に深々と指を沈み込ませる。体中が沸き立つような感覚がして、ぞくぞくと背筋を震えが駆け抜けた。
「すごっ……ぁ、いいっ……! きもちっ……いいです、プロデューサー……ぁああっ、んっ! んんっ! 奥っ……までぇ、擦れてっ……ひぁ、当たって……ますっ、あたしのっ……子宮口っ、プロデューサーの……突き上げて……あぁあっ!」
 叫び声に近いよがり声をあげながら、有香の膣穴はうねるように収縮し、さらに貪欲にプロデューサーのペニスを咥え込もうとする。愛しい人の精液を胎内に受け止めようとする牝の本能が、少女を淫らな獣へと変えていた。
「あっ! あぁっ! ひ……ぁ、んんっ! あぁぁは……ぁ! ぷろ……でゅー、さぁっ、あたしっ、も……ぉ、イッちゃ……ぁ……イッちゃいそうっ……ですっ……」
「まだだっ、もう少し我慢しろ……」
「押忍っ……んっ! んんくっ……ひゃ……ぅ……うぁぁあぁっ……ん!」
 ラストスパートをかけるように、プロデューサーの腰使いがさらに激しさを増す。有香はひと突きごとに飛びそうになる意識を、必死で繋ぎ止めた。体の中で膨れ上がった快楽の塊が、出口を求めるように全身を駆けまわる。際限なく膨張していくそれが、内側から有香の体をばらばらに引き裂いて破裂してしまいそうだった。
「おおっ、イクぞ、射精すぞ……っ!」
「はひっ……ぁひ、はぃっ……出してっ……なかっ……ぁ、あたしの中にっ……くださいっ、プロデューサーの精液いっぱい注いでっ……ぁあぁぁあはぁあんあっ!」
 下腹部の中に熱い塊がほとばしるのを感じるのと、有香の我慢が限界を迎えるのとが同時だった。フラッシュを炊いたように視界が明滅し、肉体を満たした悦楽が官能の叫び声となって唇からあふれだす。
「んんくぅうあぁぁは……ぁ…ぁぁああ! はぁぁっ……ぁ……あぁぁんは……ぁ!」
 有香は弓なりに身体を仰け反らせて、何度も全身を震わせた。絞り取ろうとするように膣穴が収縮し、プロデューサーの精液が自分の中に注ぎ込まれていくのを感じる。たまらない充足感が胸を満たし、有香はうっとりと夢見るようにプロデューサーの顔を見上げた。
「んっ……ちゅっ」
「ちゅ……んっ、ふ……んむ」
 どちらからともなく、唇を重ねる。もう今夜だけで何回目のキスだろう、と有香はぼんやりした頭で考えた。
 プロデューサーが体を起こし、腰を引いた。ぬるりと挿入されていたペニスが抜け出て、有香は大きく息を吐きだして、ぐったりと脱力した。
 火照った肌はじっとりと汗で濡れていて、露出した部分に触れる空気が心地よかった。稽古の後のような満ち足りた疲労感が、全身を包んでいる。このまま眠ってしまいたいと思う一方で、衣装汚しちゃったな、予備だから大丈夫かな、でもあとでちゃんと洗っておかないと、とか考えている自分もいて、思考がばらばらだった。
「シャワー、先に使うか? 風呂も沸かしてある」
 体を起こしたプロデューサーが、そう訊ねてきた。
「あっ、いえ、あたしは後でいいですから、プロデューサーから先に」
 んー、とプロデューサーは少し考えるようなそぶりをしてから、
「じゃあ、一緒に入るか。連日の公演で有香も疲れてるだろうし、マッサージも兼ねて体じゅう俺がよーく洗ってやるぞ」
「……プロデューサー、下心が丸見えですよ」
「ははっ、バレたか。でも、そうだな。せっかく有香とお風呂に入るんなら、ホテルの狭っ苦しいユニットバスじゃなく、温泉旅館なんかの露天風呂で、絶景を眺めながらゆったり手足を伸ばして、っていうほうがいいなあ」
「あっ、温泉! いいですね、あたしも行きたいですっ」
 有香がそう言うと、ふいにプロデューサーはちょっと真面目な顔に戻った。
「この公演が終わったら、ちょっとだけオフが取れそうなんだ。どうかな、有香さえよければ、ホントにふたりで温泉旅行に行ってみるってのは」
「え……」
 有香は驚いたようにプロデューサーの顔を見た。
 旅行の話をいつ切り出すか、そのタイミングをずっと考えていたのだろう。ようやく誘えた安堵感と、断られたらどうしようという不安感が入り混じった、なんともいえない複雑な表情をしていた。
 普段はあまり見ることのない、そんなプロデューサーの顔を見ていたら、ふいに有香はなんだかおかしくなってきて、ぷっ、と笑い出した。
「お、おいっ、なんで笑うんだよっ」
「いえ、だって、いつも自信満々なプロデューサーも、そんな顔することあるんだなーって」
「む……う」
 とプロデューサーは押し黙って、拗ねたようにぷい、と顔をそむけてしまった。そんなところも可愛くて、有香はキュンと胸がときめくのを感じた。
「もちろん、一緒に行きますよ」
「え……」
「温泉旅行ですよ。あたしも行きたいです、プロデューサーと」
「そ、そうかっ、よし、そうと決まれば、明日にもさっそく宿を選んで、予約の電話を入れないとな!」
 さっきまで拗ねていじいじしていたのはどこへやら、プロデューサーは一気にテンションマックスであれこれ旅行のプランを語り始めた。つられて、有香もなんだか気分がウキウキしてくる。そうでなくても、実際プロデューサーとのふたり旅というのは、想像するだけで胸がどきどきして、気持ちが高まってくるものがあった。
 その晩のシャワーは結局、順番に別々で使うことになった。湯船に身体を浸しながら、有香は今度の温泉旅行について思いを馳せた。プロデューサーと一緒に入るお風呂。それは一体、どんな感じなんだろう。
 顔が火照って熱いのは、湯船のお湯のせいだけではなさそうだった。


  /


 ステージの上では、有香がキレのあるアクションを披露している。今度は本番のため、チャイナドレス衣装の下には、いわゆる見せパンをはいている。存分に暴れまわっても、見えてしまって困るところはない。
「今日の有香殿は、いつも以上に気合が入っているでありますね!」
 プロデューサーが舞台袖からステージを見ていると、出番を終えた大和亜季が声をかけてきた。激しいステージングの直後だからだろう、額には汗の玉が光っている。手には、スポーツドリンクのボトルを持っていた。
「おう、おつかれさん。亜季もいい動きをしていたぞ」
「いやあ、有香殿にはかなわないであります」
「うん? そんなことはないと思うがな」
 お世辞ではなく本心からの言葉だったが、亜季はいえいえ、と首を振った。そして意味ありげな視線をプロデューサーに向けて、にやりと笑った。
「恋する乙女は強いのですよ、プロデューサー殿」
「へえ……」
 そういうもんかね、と言いながら、プロデューサーは内心の動揺を悟られないように、ゆっくりと手にしていた缶コーヒーをひとくち飲んだ。
「そういえば昨夜、有香殿が予備の衣装を着ていたでありますが、あれはやっぱり、プロデューサー殿のご趣味でありましょうか」
 ゴフッ、とプロデューサーがむせた。
「おや、どうされましたかな?」
「い、いや。なんでもない」
 プロデューサーは口元を拭って、何度か咳払いをした。ちらりと亜季の顔を見て、また視線をステージに向けた。それでも亜季がプロデューサーをじっと見つめているので、やがて観念したように、ふうっと息を吐き出した。
「……悪いとは思ってるよ、自分とこのアイドルに手を出すなんてな」
「一応反省はしてるのでありますね」
「ああ」
「安心してください。自分はお二人を応援するつもりですから」
 プロデューサーはやや驚いたように亜季の顔を見つめ、それからありがとう、と頭を下げた。
「あっはっは、そんなにかしこまらないでくださいよ。それに、自分だけではありません。事務所の他の子たちだって、みんなお二人に幸せになってほしいと思ってます」
「他の子って、まさか亜季以外にも、俺たちのことを知ってるやつがいるのか?」
「そりゃあまあ、お二人の普段の様子を見ていれば、ねえ」
 ラブラブなオーラが出てますもん、と言って亜季は笑った。
「うぐ、そ、そうだったのか……」
「ええ。気をつけたほうがいいでありますよ、事務所内ならともかく、外では誰が見てるかわかりませんから」
「ああ、そうだな。忠告ありがとう。気をつけるよ」
「いえいえ」
 亜季はにっこりと微笑んで、ふう、と小さく息を吐いた。そうして、ステージの方に目を向けた。
 光にあふれたステージの真ん中で、有香が小さな体をいっぱいに躍動させているのが見えた。飛び散った汗の雫がきらきらとスポットライトを受けて輝き、ファンの歓声が会場を揺らす。有香のまぶしい笑顔に、彼女が本当にこのステージを楽しんでいるのがわかった。
「いい子ですよね、有香殿。元気で、まっすぐで」
「ああ、そうだな」
 ふと、しみじみとした口調で亜季が言った。そしてステージから視線をそらし、プロデューサーの目をじっと見つめた。
「ひとつだけ、約束してもらってもいいですか」
「ああ、俺にできることなら、なんでも」
「プロデューサー殿にしかできないことであります」
「俺にしか?」
「ええ。どうか、有香殿を悲しませるようなことだけはしないでください」
 真剣な眼差しで、亜季はそう言った。プロデューサーは予想していなかった内容に少し驚いたようだったが、それでもまっすぐに亜季の目を見つめ返し、きっぱりと言った。
「……ああ、誓うよ。有香はかならず俺が幸せにする」
 ほんの一瞬、亜季の顔が曇った。けれどそれは本当にわずかのことだったので、プロデューサーがそれに気づくことはなかった。
「ふふっ、それを聞いて安心したであります」
 そう言って亜季は笑った。その顔にはもう、さっき一瞬だけ見せた陰りはなかった。
「さっき、他の子たちもプロデューサー殿と有香殿のことを応援していると言ったでしょう?」
「ああ」
「それは、お二人のお人柄あってのことなのですよ」
「だと、いいんだがな」
「おやおや、ご謙遜を。事務所のみんなの間でも、プロデューサー殿はかなりの人気物件だったのでありますよ。案外、有香どのじゃなく、自分を選んでくれればと思っていた子だっていたかもしれません」
「そうそういないだろう、そんな物好き」
「あっはっは、確かに」
 亜季はそう言って、豪快に笑った。
 その時、ステージの照明がふっと一斉に落とされた。場面チェンジのために暗転し、セットを入れ替えるタイミングに入ったのだ。
 作業の邪魔にならないよう、キャストもみな一旦舞台袖にはけてゆく。その人混みの中をかきわけるようにして、有香がプロデューサーたちのところへと駆け寄ってきた。息が弾んでいる。汗もびっしょりとかいているが、その顔に疲労の色はなかった。むしろ、まだまだエネルギーを持て余しているといった感じだった。
「プロデューサー! 見ててくれましたか、あたしの演技!」
「おう、最高の出来だったぞ」
「ありがとうございます! なんか今日は調子がよくって」
「ただし、今のところは、だ。次のシーンからが盛り上がりの山場なんだから、気を抜くんじゃないぞ」
「押忍! ……じゃなかった、はいっ!」
 舞台の上から、セットチェンジ完了もうすぐです、の声がかかった。再開に向けて、袖にはけていたキャストがぞろぞろと所定の位置に移動していく。
「じゃあ、行ってきますね!」
 ぶんぶんと手を振って、有香は勢いよくステージへと飛び出していった。
「やれやれ、まるで弾丸みたいだな」
 プロデューサーは苦笑して、亜季のほうへと振り返った。亜季は少し離れたところに立ち、曖昧な表情でこちらを見ていた。
「亜季?」
「あ……」
「どうした、ぼんやりして」
「そう……ですね、少し疲れたのかもしれないであります」
「無理するんじゃないぞ。ツアーの日程はまだあるんだから」
「それじゃあお言葉に甘えて、先に控室に戻っているでありますね」
「ああ。お疲れさん」


 控室へと続く通路を歩きながら、大和亜季はふう、と溜息をついた。誰もいない通路の中に、足音だけが孤独に響く。
 ステージの音響と客席の歓声が、遠くから地鳴りのように届いてくる。さっきまで自分もあの光と音の中にいたというのが、もうはるか遠い過去の出来事のような気がした。
 プロデューサーの言葉を思い出す。ちくりと胸が痛んだ。細く鋭い針でそうっと優しく心臓を刺し貫かれるような、甘い疼きを帯びた痛みだった。
 亜季は立ち止まり、痛みがそこにあることを確かめるように、そっと手のひらを自分の胸に押し当てた。けれど痛みはもう見つからなくて、とくん、とくんと一定のリズムを刻む心臓の音だけが、胸の奥から届いてくるばかりだった。
「自分も、物好きな中のひとりだった、ということでありますか」
 そう呟いた声は、誰にも届くことなく白い壁に吸い込まれて消えた。


  了