柔らかな茨の鎖・1

  1/


「あのっ……」
 言葉は一旦そこで途切れた。戸惑うように視線が地面に落ちる。祈るように胸元で合わせた両手が、微かに震えている。その下の小さな膨らみの中で、彼女の心臓はどれだけ激しく鼓動しているのだろうか。
 柔らかな木漏れ日が、彼女の髪をきらきらと輝かせている。真珠のような淡い金髪。それを、首筋のあたりでカットしてある。もっと伸ばしたほうがこの子には似合うだろうに。
 次の言葉はなかなか出てこなかった。桜の花びらのような唇が、開きかけ、また閉じられる。それをじっと見つめながら、ふと、酸欠状態の金魚みたいだな、と思った。それを数度繰り返し、彼女は思い切ったように顔を上げた。
 真っ直ぐにこちらを見つめる瞳の中に、不安と、それ以上に強い決意が浮かんでいた。
 どれほどの感情が、この小さな体を突き動かしているのだろう。
 溢れんばかりのその思いは、言葉となって唇から零れ出た。
「私、先輩のことが好きです」
 ざあ、と風が吹き抜けた。
 潮の香りを含んだ、爽やかな五月の風。
 ここは、衛星都市イズルードの片隅にある、ちいさな広場。
 公園というほどの規模ではないが、人々が座って休めるように木製のベンチが並べられており、傍らには日よけとして数本の樹が植えてある。
 だが今ここに、あたしと彼女以外の姿はない。大通りからは少し外れた場所にあるため、ちょっとした穴場になっているのだ。遠くに、剣士ギルドの建物が見える。初めて彼女とここにやってきた時のことを思い出す。そういえば、あたしがここを知ったのも、先輩に連れられてだった。そして、その後の告白も。
 歴史は繰り返す、か。
 胸中で、そんな言葉を呟いてみる。
 穏やかな昼下がり。
 木漏れ日の中で繰り広げられた、どこにでもあるような小さな恋心の告白。
 ただ一つそれが普通でないとすれば、告白した方も、告白された方も、どちらも女だったということだろう。


  2/


 大きな驚きはなかった。
 あたしが、彼女――リィナ=ファーンズワースの気持ちに気付いていなかったといえば、嘘になる。
 一つ驚くところがあるとすれば、リィナがこうして告白にまで踏み切るということが、あたしにはちょっと予想外だった。この子はきっと、最後まで思いを打ち明けられず、自分の胸に秘めたまま終わるタイプだと思っていた。
 リィナと出会ったのは、ちょうど一年前の今頃だ。
 あたしの所属するプロンテラ騎士団では、騎士団への入団を目指す剣士を、正規の騎士団員が一対一で指導するという制度がある。去年、あたしは初めて指導官としてこの研修に参加することになった。
「エリス。こいつがお前の担当することになる、リィナ=ファーンズワースだ」
 そう言って隊長が紹介したのは、血生臭い戦いなんてまるで似合わない、可憐な少女だった。剣なんて持ったこともなさそうな細い腕。背はあたしより頭二つ分は低い。あたし自身、女の中では長身な方だが、それにしても小柄すぎる。あたしは一瞬、隊長が冗談を言ってるのかと思ったほどだ。
「ほら、リィナ。挨拶しなさい」
 隊長はリィナの肩を抱くようにしてあたしの前に立たせた。このヒゲ面の四十男は、何かと女性の隊員や入隊希望者に触れたがることで悪名が高い。あたしは心の中でぺっと唾を吐き捨てた。
「あ、は、はいっ。このたび騎士団入隊を目指すことになりました、リィナ=ファーンズワースです。あの、よろしくお願いします」
 よく通る澄んだ声でそう言って、リィナはぺこりと頭を下げた。
「エリス=ウェイクフィールドよ。こちらこそ、よろしくね」
 あたしはそう言って右手を差し出した。リィナがおずおずと手を重ねてくる。あたしはその手を握りながら、この手に武器なんて似合わないな、なんてことを考えていた。
「訓練は厳しいわよ。頑張れる?」
「はい。私、頑張ります!」
 そう言った彼女の目も、今と同じように真っ直ぐに私を見つめていた。
 正直に言えば、最初の頃のあたしは、この子は騎士になれないだろうと思っていた。
 体格の絶対的な不利もそうだが、もっと問題なのは性格のほうだった。
 大人しすぎるのだ。
 それ自体は別に悪いことではない。しかしそれは、あくまで日常においてのこと。戦場に立つならば、もっと貪欲でなければ生き残れない。
 優しさで他人を救いたければ、騎士ではなく聖職者にでもなればいい。あたしたちが与えるのは慈悲ではなく、鋼の刃だ。
 あたしは敢えて通常よりも過酷な訓練を彼女に課した。憧れだけで騎士になりたいのならば、さっさと諦めさせたほうが本人のためだと思ったからだ。
 しかし、あたしの予想に反し、リィナは弱音一つ吐かずに訓練をこなしていった。
 決して才能があったわけではない。上達ぶりは平均以下だった。それでも、彼女がやめたいと言ったことは一度もなかった。
 そんな彼女を見ているうちに、あたしも本気で彼女を応援したくなっていた。
 武器の扱いや、サバイバル技術。基礎的なトレーニングから実戦的な戦闘訓練、さらには騎士としての心構えまで、あたしが持っているものは全て彼女に教えた。
 そんなあたしの気持ちを察したのか、リィナはその歩みこそ遅かったものの、あたしの教えを一つ一つしっかりと身に付けていった。
 その頃からだ。リィナのあたしを見る目に、憧れ以上のものが混じるようになったのは。
 それを感じながら、あたしはあくまで自然体で彼女に接しようと努めてきた。リィナが自分の気持ちをどうするかは、リィナ自身が決めることだと思ったからだった。
 やがて訓練の日々は終わりを告げ、リィナの入隊試験が行われた。
 試験の結果発表を、あたしとリィナは一緒に見に行った。
 少し早めに出かけたつもりだったが、騎士団の入り口には既に人だかりができていた。
 合格者の名簿が張り出されると同時に、周囲は一気に騒がしくなった。
 合格し歓喜する人々、落選し涙を流す人々。それを祝福したり、慰めたりする人々。
 あたしは名簿の中にリィナの名前を探した。
 あった。
 リィナの方を見る。彼女も自分の名前を見つけたのだろう。その顔には、喜びと、もう一つ――何か違う感情が浮かんでいた。
 その正体を、あたしも知っていた。
「おめでとう、リィナ」
 あたしはそう言って右手を差し出した。
「ありがとうございます」
 リィナも握り返す。
 周囲の、異様な熱気にも似た騒々しさとは対照的に、あたしたちは静かにお互いを祝福しあった。
 リィナは、あたしの手を握ったまま、しばらく無言だった。
「これで、あなたも騎士団の一員ね」
「はい」
「どの隊に配属されるか分からないけど、これからが本番よ。これからも鍛錬を怠らず、日々精進に努めなさい」
「はい」
 あたしの言葉に、消え入りそうな声で答えるリィナ。彼女が今何を考えているのか、あたしにはよく分かった。
 リィナが入隊試験に合格したということ――それはつまり、あたしの役目が終わったということだ。違う隊に配属されれば、言葉を交わすことも少なくなるだろう。今の騎士団の規模からいって、同じ隊に配属される可能性は低い。
 分かっていたこととはいえ、別れは気持ちの良いものじゃない。でも、誰もが乗り越えなければならないものなのだ。
「それじゃ、これまでお疲れ様。これからは自分自身の力で頑張るのよ」
 そう言って、リィナの手をほどこうとした時。
 リィナが、ぎゅっとあたしの手を握った。その予想外の強さに、一瞬どきりと胸が跳ねた。
「待ってください」
 呟いた声は、その弱々しさとは裏腹に、譲ることのできない強い思いに裏打ちされていた。
 不器用な彼女が、精一杯に自分を表現しようとしているのが、痛いほど分かった。
「先輩、お話したいことがあるんです。その、できれば、二人きりで……」
 そうして、リィナは五月の木漏れ日の中、あたしにその思いを告白したのだった。


  3/


 あたしは風に乱れた前髪をかき上げ、「そっか」と呟いた。
 リィナの視線が、再び地面に落ちる。元々小さい体が、さらに小さくなったように見えた。
「ごめんなさい、迷惑……ですよね。私なんかが……」
「――――」
 あたしは答えなかった。視線をそらし、遠くの海を見つめる。水平線のあたりに、豆粒のようになった船が見えた。アルベルタへの商船か、バイラン島への定期便だろうか。
「でも、私、好きなんです。先輩のことが」
 堰の壊れた水門のように、一度口にしてしまった思いは止められない。リィナは顔を上げ、もう一度、胸の内を告白した。
 あたしはちらりとリィナの方を向いた。
 真っ直ぐな眼差しが、あたしを見上げている。
 ふと、過去の記憶が蘇る。
 あの時、あたしが先輩に告白した時も、こんな風に真っ直ぐな目をしていたのだろうか――。
 あたしの胸の中に、苦いものが広がった。たまらず、もう一度視線をそらす。
 ちっと心の中で舌打ちする。思い出したくもないものを思い出してしまった。
「それで?」
 言ってから、あたしは自分の不注意を呪った。心に芽生えた棘が、隠しきれず声の中に含まれていたからだ。
 リィナの体がびくんと震えるのが分かった。恐らく、あたしの口調に拒絶を感じたのだろう。だが、あたしはそれを訂正しようとはしなかった。
「あの、すみません、私……」
 リィナの声が震えている。思いを告げたはいいが、その先のことまでは考えていなかったのだろう。そんなところまで、あたしにそっくりだ。
 あたしは、自分の中にどす黒い感情が広がっていくのを感じていた。
「いいのよ、リィナ。謝らなくたって」
 自分で思っていたよりも、優しい声が出た。リィナが顔を上げた。その表情に満ちていた不安がいくらか薄らいでいる。あたしは内心ほくそえんだ。
 そっとリィナの肩に手を置く。
「嬉しいわ。あなたがそんな風に思っててくれたなんて」
 言いながら、優しく首筋を撫で上げていく。リィナの体が、さっきとは違う理由で小さく震えた。
「でもね、リィナ。あなたはまだ分かってないわ。人を好きになるっていうのがどういうことなのか」
 リィナの目が、疑問符を帯びてあたしを見上げる。
「あの、先輩、それはどういう――」
 あたしはリィナの髪にそっと指を差し入れた。くせのない滑らかな髪が、指の間を滑っていく。
「その人のためなら、どんなことだってできる。それが、人を好きになるということなのよ」
「――――」
 リィナは無言であたしを見上げている。あたしの言葉の意味を考えているのだろう。
 次の言葉を発する直前、あたしの胸の中に、ちくりと小さな痛みが走った。それは、もしかしたら、良心といったものだったのかもしれない。だがその痛み以上に、あたしの胸に広がった黒い意識は強かった。いや、正直に言えば、その痛みさえあたしは心地よく感じていたのだ。
「あなたに、それができる?」
 言ってしまった。
 なんて卑怯な問いだろうか。あたしは、リィナが何と答えるかを分かっていながら、敢えてその問いを口にしたのだ。
「……はい」
 小さく、しかしはっきりとリィナはそう答えた。あたしの胸の中に、甘い罪悪感が広がっていく。
「そう。いい子ね。――じゃあ、目を閉じて」
 言われたとおり、リィナは目を閉じた。あたしは髪を梳いていた手を頬に滑らせ、くっと彼女の顔を上向かせた。
 リィナの体が、緊張に震えているのが分かる。息も止めているようだった。あたしは小さく笑いながら彼女の顔を見つめ、そっと唇を重ねた。
 柔らかな唇の感触。リィナの体が一瞬びくりと震える。ぷっくりと膨らんだ桃色の唇に、ついばむように何度も吸い付いては離しを繰り返す。
 小さく舌を出し、リィナの唇をつぅっと舐めた。
 硬く閉じられた唇を優しくこじ開けるように、何度も往復させる。僅かに緩んだその隙間に、あたしは舌先を滑り込ませた。
 応じるべきリィナの舌は、怯えたように奥に引っ込んだままだった。あたしは構わず、そっとリィナの前歯に舌を這わせた。それから、歯茎にも。
「んっ……は……ぁ」
 リィナの口から、静かに息が吐き出される。あたしは満足げに微笑んで、リィナの口内に差し込んだまま、舌の動きを止めた。
 恐る恐るといった感じで、リィナが舌を伸ばしてきた。二人の舌先が触れ合う。あたしは目を開けたまま、リィナの表情を眺めていた。頬が薄っすらと紅色に染まっている。瞼が震えているのか、ぴくぴくと動くまつ毛が可愛かった。
 リィナの舌先が、ぎこちなくあたしの舌と擦れ合う。もどかしげな交わりは、却ってあたしの心を昂ぶらせた。
 あたしは再び舌を動かし始めた。差し出されたリィナの舌を絡め取るように、リィナの口内をまさぐっていく。
 舌先を通じて、リィナの口内の温度が伝わってくる。絡み合う二つの舌は、まるでそれ自身が淫猥に身をくねらせる生き物のように、お互いを貪りあった。
 あたしとリィナ、二人の唾液が混ざり合い、ささやかな水音を立てる。あたしはそれをたっぷりと舌の上に溜め、リィナの口内に流し込んだ。
 舌を伸ばしたまま、ゆっくりと唇を離していく。半開きの口元から覗く二つの舌先を繋ぐように、唾液が透明な糸を引いて伸びた。
 リィナが薄く目を開けた。潤んだ瞳があたしを見上げる。それをじっと覗き込みながら、
「――飲んで」
 優しい声で、あたしはそう命じた。こくん、と小さく頷いて、リィナは口を閉じた。
 リィナの白い喉が動き、二人分の唾液を嚥下していくのを、あたしはじっと観察していた。
「はぁ……」
 甘い嘆息がリィナの唇から洩れる。あたしは彼女の体をそっと抱き寄せ、頭を撫でた。リィナの額が、あたしの胸に預けられる。心地よい重さ。
「よくできました。それじゃ、続きはあたしの部屋に行ってからにしましょうか」
 耳元でそっと囁いた声に、リィナは無言で頷いた。


  4/


 窓際に置かれたベッドの端に、あたしは腰を下ろした。スプリングの軋む音がやけに大きく聞こえた。
 ここはあたし一人の部屋だ。入隊したばかりの新人騎士は、個室で生活することを許されない。寮の大部屋で、同期の騎士たちと合同で寝起きすることになる。あたしがこうして自分だけの部屋に住めるようになったのも、ほんの二年前からのことだ。
 リィナはあたしの前に立ち、どうしていいか分からないといった風に戸惑いの目を向けている。もちろん、リィナがあたしの部屋を訪れるのはこれが初めてというわけではない。だがそれはあくまで、ただの先輩後輩だった時の話だ。
「服を脱いで」
「え……」
 リィナの視線が宙を彷徨う。スカートの裾から覗く、ぴったりと寄せられた膝が初々しい。
「あたしのことが好きなんでしょう?」
 言いながら、なんて残酷な台詞だろうと思う。逃げ場を失くした野ウサギを、そうっと追い詰めていく感覚。あたしは、自分の口元に薄く笑みが浮かんでいるのを感じていた。
「はい……、分かりました」
 リィナの手が、自らの服の裾にかけられる。その手がゆっくりと持ち上がり、白い腹部が露わになっていく。象牙のような滑らかな肌の中央で、ぽつんと窪んだおへそがやけに目を引いた。
 リィナは上着を丁寧に畳んで床に置くと、スカートのホックに手を伸ばした。するりと脱げ落ちる布地の下から、華奢なウェストラインが覗く。リィナは脱いだスカートを、上着と同じようにきちんと畳んで床に置いた。
 下着姿になったところで、リィナの動きが止まった。リィナの身に着けている下着は、他人に見られることを意識したものではない、飾り気のない質素なものだった。股間と乳房を覆った白い布地は、彼女を守る最後の砦のようにも見える。
「どうしたの? 下着もよ」
 だがあたしの一言は、一振りでその砦を破壊しつくす巨大な鉄槌だ。
「はい……」
 リィナは小さく頷き、背中に手を回した。ホックが外れ、ぴったりと肌に張り付いていた布地と乳房の間に空間ができる。
 右手を左の胸にやり、腕と手のひらで乳房を覆い隠すようにしながら、リィナは左手で右、左と順番に肩紐をずらした。支えを失った肩紐が、重力に従い下向きに垂れ下がる。
 リィナの右手が、ゆっくりと体から離れた。乳房の斜面上を滑るように落ちた布地の下から、小ぶりな膨らみと先端の突起が露わになる。
 残る彼女の体を覆うものは、両足の付け根にある三角形の布だけになった。あたしは無言で、それも脱ぐようにリィナに命じる。リィナも無言でそれに従った。
 リィナの両手が腰にあてられ、親指がパンティーと肌の間に差し込まれた。折りたたまれた肘が伸びていき、肌の上を音もなく最後の布地が滑り降りていく。その下から、つつましやかな茂みが覗いた。
 両腕が伸びきったところで、リィナは片脚ずつ膝を持ち上げ、パンティーから脚を抜いた。膝が持ち上がるたびにちらりと見える脚の付け根が、たまらなく扇情的だった。
 一糸纏わぬ姿になったリィナの体は、小柄な体つきも手伝って、まるでお人形のようだった。しかし彼女も騎士である。白く滑らかな肌の下には、きちんと鍛え上げられた筋肉が隠れている。野生の猫のようにしなやかで無駄のない肢体は、女のあたしでさえ見とれてしまうほど美しかった。
「綺麗よ、リィナ」
 あたしは率直な感想を口にした。リィナの頬がかぁっと朱に染まる。
「来なさい」
「――はい」
 リィナとあたしは、ベッドの上で向かい合うようにして正座した。あたしは上半身をかがめるようにして、覆いかぶさるようにリィナを抱きしめた。腕の中に感じるリィナの温度。柔らかな感触の奥に感じる筋肉の弾力が心地よい。緊張しているのだろうか、リィナは体を硬くしていた。
 リィナの唇に、あたしの唇を重ね合わせる。最初の時よりも大胆にリィナは舌を絡ませてきた。あたしもそれに応え、たっぷりとお互いの唇を貪りあう。
 舌を絡ませながら、あたしは右手をリィナの左胸に重ねた。小さな膨らみは、それでも充分な柔らかさを持っていた。その感触を楽しむように、円を描いてそっと撫でる。
「んっ……」
 重ねた唇の隙間から、ため息にも似た吐息が洩れる。柔らかな丘の先端にある突起が、僅かにその硬さを増したようだった。それが手のひらの中心に来るようにして、胸に手のひらを押し当てる。可愛い膨らみの奥から、リィナの鼓動が伝わってくる。とくん、とくんと繰り返される一定のリズム。ふと、それをずっと聴いていたいと思った。
 あたしは唇を離し、今度はリィナの首筋にキスした。何度も音を立てて吸い付く。リィナが、くっと仰け反るように顔を上げた。目を強く閉じているのが分かる。
「くすぐったい?」
 あたしはリィナの白い喉に舌先を這わせながら訊ねた。小さく震えるリィナの顎が、こくんと頷く。
「そう。でも我慢しなさい」
 あたしは執拗に首筋を攻めた。リィナの唇がぱくぱくと動き、そこから塊のような呼気が洩れる。同時に、胸の膨らみを包んでいる手を再び動かし始める。五本の指を、ピアノを奏でるように肌の上を這わせる。最初はピアニッシモ。優しく、繊細に。
 首筋に這わせていた舌先を、肌に触れたまま胸元へ移動させる。なだらかな丘陵を登り、先端の突起に触れた。
「ふぁっ……!」
 ヴァイオリンの旋律がリィナの唇から洩れる。右手の演奏は徐々に強さを増し、ピアノからフォルテへと変わっていく。膨らみの先端は、充血し硬く尖っていた。
 吸い付くように乳首を口に含み、舌でそれを弾く。リズムを刻む打楽器に、リィナの体がぞくりと震えた。桃色の唇から零れる旋律に、艶やかな高音が混じる。
 あたしは上目遣いにリィナの顔を見上げた。白い頬にバラの花を咲かせたように朱色が混じり、寄せられた眉根が悩ましげな表情を形作っている。あたしの視線に気付いたのか、リィナも薄く目を開けた。二人の視線が空中で絡み合う。
「は……ぁ、せんぱ……い」
 搾り出すような細い声。戸惑いを浮かべた瞳があたしを見つめる。己の体の中に湧き上がる未知の感覚を、どうしていいか分からないという風であった。だがあたしは、リィナの瞳の奥に確かに揺らめく官能の炎を見つけていた。
「気持ちいいんでしょう? いいのよ、もっと自分をさらけ出して」
 弱々しくリィナが頷く。なんて素直な子なのだろう。そう思うと同時に、あたしの中で陰鬱な欲望がむくむくと頭をもたげてくる。それは憎悪にも似たどす黒い衝動であった。
 この子をめちゃくちゃにしてしまいたい。
 穢れを知らぬ綺麗な体も、真っ直ぐな心も、その全てを思い切り陵辱してやりたい。
 あたしは口に含んだリィナの乳首に、ぎり、と強く歯を立てた。
「んくぅっ!」
 弾かれたように、リィナの体が仰け反った。耳に届く苦痛の声に、あたしは甘い背徳感を味わっていた。
 右手と口で両胸を塞ぎながら、左手をリィナの腹部に這わせる。指先が肌の上を滑り、リィナのおへそに触れた。腹筋がびくりと収縮する。ほじくるようにそこを抉ってから、さらに指先を下へと移動させる。
 指先が茂みに触れた。指の間に挟むようにして、そっと梳くように撫でる。柔らかな毛質だった。指の間を滑る感触が心地よい。
「薄いのね。最近まで生えてなかったとか?」
 囁いた言葉に、リィナが顔を真っ赤にして俯く。この少女は、羞恥の表情さえ美しい。
 指先が茂みの中を動き、ぴったりと閉じられた脚の付け根に触れた。太ももの筋肉が強張っているのが分かる。よほど強く脚を閉じているのだろう。
「脚を開いて」
 そう言いながら、優しく首筋に口付けする。
 僅かな逡巡の後、すっとリィナの脚に込められていた力が抜けた。僅かに開いた脚の隙間に、するりと手を滑り込ませる。
 肉の割れ目に沿って、指の腹をゆっくりと上下させる。リィナの体が震えた。初々しい反応に、あたしは思わず口元が緩むのを自覚していた。
 何度も往復しながら、少しずつ押し当てる力を強くしていく。リィナはぎゅっと唇を噛み、湧き上がる感情を抑えている。
 あたしはそっとリィナの肩に手をかけ、小さな体をベッドに押し倒した。組み敷くようにその上に覆いかぶさる。
 重力に負け、ただでさえ小ぶりなのにより平らになってしまった胸の膨らみに吸い付き、舌を這わせた。そこだけはつんと天を向いた先端の突起を、前歯で挟みこりこりと左右に転がす。
「ふぁあっ……ん!」
 痛みを訴えるはずの声に、蕩けるような響きが混じっていた。左手の指先は相変わらずリィナの秘部を撫でている。その指に、少しずつ絡み付いてくるものがあった。感じているのだ。
 あたしは舌先をつぅっと滑らせていった。さっきまで口に含んでいた乳首が、唾液に濡れ光っているのが見えた。引き締まったおなかの上を通り、おへその中で舌先を躍らせる。リィナが体をくねらせた。
 リィナの膝を裏から持ち上げ、脚を広げさせる。リィナは少し抵抗したが、抗う力は弱かった。
「あたしに見せて。リィナのあそこ」
 リィナは手を口元に当て、爪を噛みながら小さく頷いた。そんな仕草さえ可愛く、あたしの中で揺れる黒い炎をより燃え上がらせる。
 つつましやかな茂みの下に見える鮮やかなピンク色の肉襞は、しっとりと湿っていた。顔を近づけ、ふっと息を吹きつける。高く持ち上げたリィナの膝が、びくんと震えた。独特の香ばしい匂いが鼻をつく。あたしは茂みの中に鼻先を突っ込むようにして、割れ目に舌を這わせた。
「ひゃぁっ……!」
 リィナは脚を閉じようとしたが、あたしはそれを許さなかった。震える膝を押さえつけたまま、ぺろぺろと肉の綻びを舐め上げる。舌に感じるリィナの味。
 唾液と愛液が混じり合い、水音を立てる。あたしはわざと大きな音を立てるように、大きく口を開けてむしゃぶりついた。
「やっ、先輩っ、恥ずかしい……」
 言葉とは裏腹に、リィナの腰は淫靡な動きにくねっていた。
 あたしはつぅっと上に向かって舐め上げていった。舌先が敏感な肉の芽を捉える。
「ふぁっ……あ!」
 リィナが大きく愉悦の声を吐き出した。舌の上で転がすように肉の突起を舐る。その動きにシンクロするように、リィナの唇から甘い吐息が洩れる。
 あたしは口を離し、指先を肉の割れ目に押し当てた。軽く力を入れ、つぷりと先端を潜り込ませようとする。リィナの腰が跳ねた。狭い肉の洞窟は、侵入しうとする異物を全力で拒絶していた。
 あたしは顔をあげ、リィナの目を見つめた。
「入れたことある? ここに」
「いえ、ない……です」
「――そう」
 あたしは押し込もうとした指の動きを止めた。ふと、本当にあたしでいいのだろうかという思いがよぎる。胸中の黒い炎が揺らめき、ふっと消えかけた。だが一瞬の躊躇は、リィナの言葉にかき消された。
「先輩、お願いです。……して、ください」
 はあはあと息を乱しながら、精一杯に言葉を紡ぐリィナ。あたしを見上げる潤んだ瞳の奥に、隠し切れない欲望の炎が見えた。それに呼応するように、私の中で消えかけた欲望の炎が再び強く燃え上がる。
「――分かったわ」
 呟いて、ぐっと腕に力を込めた。指先が、ねじ込むようにリィナの中へ沈んでいく。まだ何の進入も許したことのない、狭く窮屈な肉の穴。リィナの純潔を証明する肉の膜を、その形を確かめるようにそっと撫でる。その中央からやや下側に、指一本くらいならなんとか通る程度の穴が開いていた。そこに指先をくぐらせ、さらに奥まで入ってゆく。
「痛ぁっ……んくっ! あっ……あぁっ!」
 悲鳴にも似た声に、あたしは背筋がぞくりと震えるのを感じていた。燃え上がった黒い欲望は、完全にあたしの全身を支配していた。もう止まらない。あたしは指を二本に増やし、リィナの中に突き入れた。指先がぷつぷつと処女膜を引き裂いてゆく。サディスティックな悦びが私の背中を駆け上がる。
「はっ……ふ、あくっ……!」
 声とも息ともつかぬものが、リィナの唇から溢れ出る。リィナの中は凄い力であたしの指を締め付けてくる。あたしは指をゆっくりと前後に動かし始めた。愛液に濡れた指に、赤いものが絡んでいた。それさえ愛おしく、私は指を咥え込んだ柔肉に舌を這わせた。舌の上に広がる錆びた鉄のような味に、脳髄が甘く痺れてゆく。
「ひぁっ! あ……んっ……!」
 指先を通して伝わってくるリィナの震え。温度。痛みを堪えるためにきゅっと噛み締めた唇。今にもこぼれそうなほど涙を湛えた瞳。小さな胸の膨らみの先端で、つんと上を向いた桃色の突起。その全てが愛おしく、壊したくなる。
 指の動きを加速させる。絡み付いてくるリィナの肉襞を、あたしの指先が抉ってゆく。
「せんぱっ……い、せんぱぁいっ!」
 うわごとのように繰り返すリィナの唇を、あたしの唇で塞ぐ。行き場を失くした言葉の代わりに、舌が潜り込んできた。それをあたしの舌で絡めとり、擦れあわせる。
 リィナがあたしの背に腕を回してきた。しがみつくように抱きついてきたリィナの体を、あたしもぎゅっと抱きしめる。
「んっ! んふぅっ……!」
 親指の腹で、充血し膨らんだ肉の芽をぐりっと押さえつける。リィナの体が跳ねるように震えた。重ねた唇の隙間から、抑えがたい官能の声が洩れ出る。
 すり潰すようにクリトリスを愛撫しながら、リィナの中に差し込んだ指を前後に往復させる。鮮血の混じった熱い潤みが絡みつき、くちゅくちゅと淫猥な音を立てる。
「ぷはぁ……」
 ゆっくりと舌を抜き取る。離れた舌と舌の間を、唾液の糸が名残惜しそうに繋いでいた。
「あっ! は……あぁっ!」
 苦痛に歪むリィナの顔が、ひどく扇情的に見えた。きゅっと閉じた瞼の端に、涙の雫が浮かんでいた。あたしはそれを舌先で掬った。
「先輩っ、私……なんだか、変……ですっ、何かが……私の中っ……」
「痛いの?」
 リィナはぶんぶんと首を振った。
「違うんですっ、その、気持ちよくて……頭が、ぼうっと……」
 あたしはちょっと意外だった。初めて貫かれたというのに、リィナは絶頂に達しようとしている。
「いいのよ、怖がらないで。あたしに抱きついてていいから。湧き上がってくるものに身を任せるの」
「はぁいっ……んんっ!」
 あたしの背に回したリィナの腕に、ぎゅっと力が込められる。リィナの体ががくがくと震えている。もう少しだ。
「あぁぁっ……! ひぁっ……!」
 震える体を抱きしめながら、激しくリィナの中をかき混ぜる。吐き出す声は愉悦に染まり、淫らな肉壷は自らの分泌した蜜で溢れかえっている。
「んんぅううっ……! はぁああっ……ん!」
 一際深く指を突き入れた時、リィナの体がびくんと痙攣した。膣壁が収縮し、あたしの指を締め付けてくる。達したのだ。
 あたしは余韻を楽しむようにゆっくりと指を動かし、リィナの顔を見つめた。紅潮した頬。半開きの口元から、荒い呼吸が洩れている。
「イッたのね、リィナ」
「は……ぅん、はい……」
 こくんと小さく頷いたその顔に、あたしはそっと口付けした。
 リィナの中から指を抜き取り、ぐったりと横たわるリィナの隣にあたしも寝転がる。あたしの胸に、リィナが額を押し付けてきた。それを抱き寄せ、優しく頭を撫でる。
 ぼんやりと天井を見つめる。腕の中に感じる、リィナの温もり。
 不思議なことに、あれほど強く燃え盛っていた黒い炎は、嘘のように跡形も無く消えてしまっていた。
「ごめんね、リィナ。痛かったでしょう?」
 ふと、そんな言葉が口をついて出た。
「いえ、そ、そんなっ……」
 必死に否定するリィナがひどく可愛く思えて、思わず微笑んだ。柔らかなリィナの髪に、ゆっくりと指を滑らせる。
「いいのよ、無理しなくて」
「そんな、無理なんてしてません。あの、確かに痛かったですけど、それだけじゃないっていうか……」
「――そう。気持ちよかったのね」
「う……は、はい」
 かぁっと頬を赤らめるリィナ。そのまま、二人とも沈黙した。既に外は暗くなっている。静かな室内に、二人の呼吸音と心臓の鼓動だけが聞こえていた。
「あの、先輩」
 不意に、リィナが口を開いた。あたしは顔をリィナの方に向けた。
「なに?」
「私、またここに来てもいいですか?」
 リィナは真っ直ぐにあたしを見つめながら、そう訊ねた。
 ちょっとだけ間を置いて、あたしは答えた。
「ええ、いいわよ」
 そう言いながら、あたしは自分の中に薄く罪悪感が広がっていくのを感じていた。