
1/
「ちょっと、それマズいわよ、あんた」
隣の席に座っている女騎士が、あたしの方を見ながら言った。
「……言われなくても、分かってるわよ」
あたしは視線を合わせないように、正面を向いたまま呟いた。カウンターの奥の棚に整然と並べられたグラスが、天井から吊るされたランタンの柔らかな光に、きらきらと輝いている。
あたしは一日の勤めを終えて、宿舎の近くの酒場で飲んでいた。隣に座っているのは、同期のエイミー。あたしの親友――いや、一時期はそれ以上の間柄だった女騎士だ。
仕事上がりには、よくこうして二人で飲みにいく。その日も、あたしたちは二人でカウンター席に座り、いつもと同じように他愛も無い話をしながら飲んでいた。
程よくアルコールが回ったところで、ふとあたしは先日のリィナとのことを彼女に話した。入隊試験の合格発表の日にリィナに告白され、彼女をあたしの部屋で抱いたことを。
「……ってわけで、あの子としちゃったのよ」
あたしはそう言って、グラスの中身を口に運んだ。中に注がれた琥珀色の液体を一口含み、グラスをカウンターの上に戻す。
「それで、どうするの? あんた」
「どうするって、別にまだ何も考えてないけど――」
あたしは何気なくエイミーの方に振り向き、そして凍りついた。エイミーは驚くほど険しい顔をしてあたしを睨んでいた。
「どうしたの? エイミー。そんな顔しちゃって」
あたしはそう言って笑おうとしたが、エイミーの視線に気圧されたのか、不自然に頬が引きつっただけだった。そんなあたしを見て、エイミーはにこりともせず、
「何も考えてないって、そんなの無責任じゃない」
顔以上に険しい口調でそう言った。
「そりゃあ、そうだけど……」
あたしは何気ない世間話のつもりだったが、エイミーはそう思わなかったようだった。
「エリス、あんたはリィナのことをどう思ってるの?」
「――――」
あたしは答えずに、エイミーから顔を背けるようにしてグラスを口に運んだ。いつもはこの上なく美味しいはずの酒が、やけに舌に苦く突き刺さる。
「好きでもないのに抱いたわけ? あんた、自分が何したか分かってるの?」
エイミーはカウンターの上に肘を置き、あたしのほうに身を乗り出すようにしながらそう言った。口調に強いものが混じっている。
「……分かってるわよ」
あたしは少し苛立っていた。言葉にその苛立ちが混じっていたかもしれない。あたしはエイミーの方を見ないまま、カウンターの上に両肘を置いて、ぼんやりと目の前のグラスを見つめていた。オレンジの炎に照らされたグラスに、歪んだ自分の顔が映っていた。
「全然分かってない。あんた、リィナを第二の自分にするつもり?」
「――ッ!」
ずきん、と。
あたしの胸に、鈍い痛みが走った。
苦い記憶が蘇る。若かった自分の胸に刻まれた、消すことのできない深い傷。その痛みが、あたしの心をささくれ立たせた。
「ちょっと、エリス。聞いてるの?」
「うるさいわね。あんたに何が分かるっていうのよ、エイミー」
あたしは少し飲みすぎていたのかもしれない。心に広がった苦いものを、抑えきれず吐き出すように口に出した。
次の瞬間、凄い力で肩を掴まれた。ぐい、と引かれた。
エイミーがあたしの肩を掴んで、自分の方に向かせたのだ。
驚くほど真剣なエイミーの眼差しが、あたしの目を見つめていた。あたしは目を逸らそうとしたが、できなかった。
「エリス。私はね、心配なのよ」
「心配? リィナのこと?」
「ううん、それもあるけど、私が心配なのはエリス――あなたよ」
言葉以上に、あたしを見つめる瞳に、あたしは戸惑った。
「あたしが? どうして?」
「分かるのよ。もしリィナを傷つけてしまった時、あなたがそれ以上に傷つくってことが。あなたは、純粋すぎるから」
「――――」
エイミーの言葉が、ゆっくりと染み込むようにあたしの中に広がっていく。ささくれ立っていたあたしの心が、優しく撫でられていくような気がした。
あたしは改めてエイミーを見つめた。真っ直ぐにあたしを見つめる瞳。彼女は、本当に心からあたしのことを気にかけてくれている。強い言葉も、彼女の優しさがそうさせるものなのだと、今更ながら思った。
「……そっか。うん、心配してくれてありがと」
言いながら、自然と微笑みが溢れた。エイミーの顔からも張り詰めたものが消え、ふっと笑顔になる。
「分かればいいのよ、分かれば」
エイミーはそう言って、グラスを手に取った。あたしも自分のグラスを手に取る。
「リィナとは、もうこれで終わりにするわ。あの子には悪いけど、深入りしちゃう前に終わりにしたほうがいいと思うから」
「うん、私もその方がいいと思う」
「ちょっと寂しくなるけどね。多分、もうリィナとは以前のようには付き合えないから」
「大丈夫よ。あの子はああ見えて芯の強い子だから、きっと元通りの二人に戻れるわ」
あたしはエイミーの言葉に、ふと頷いた。確かに、リィナはあたしの想像以上に強い心を持っているのかもしれない。訓練の時もそうだったし、この間の告白の時だって、あたしはリィナに驚かされっぱなしだ。
「そっか――でももしダメだったら、またエイミーに慰めてもらっちゃおうかな」
「そんなこと言うと、本気にしちゃうわよ?」
「ふふっ、冗談よ」
あたしは笑いながら、グラスを口元に運んだ。琥珀色の液体を喉に流し込む。熱い温度が、体の中に広がってゆく。
しばらく、二人とも無言で飲み続けた。
飲みながら、あたしは昔のことを思い出していた。胸の奥に受けた深い傷と、そこから立ち直るきっかけを与えてくれたエイミーとの日々を。
エイミーは何も言わなかったが、彼女も同じように過ぎ去った時間を振り返っていたのかもしれない。
二度グラスの中身が空になってから、あたしはふと呟いた。
「ほんとにありがとう、エイミー。あなたがいてくれて良かった」
エイミーがあたしの方に振り返る。
「いきなりどうしたのよ、酔っ払っちゃったの?」
「馬鹿、違うわよ」
本当に、彼女がいなければ、今のあたしは存在しなかったかもしれない。それは、どんなに言葉を並べても感謝しきれないほど。
あたしの様子に何かこそばゆいものを感じたのか、エイミーは照れたように笑って、
「ま、私でよかったらいつでも相談に乗るからさ」
そう言ってグラスを顔のあたりに掲げた。
「うん、よろしくね」
あたしもグラスを持ち上げた。グラスの縁を軽く触れ合わせる。澄んだ音が静かな店内に響いた。それは、どんな楽器よりも透明な音色に聞こえた。
2/
エイミーと酒場で飲んでから、一週間が過ぎていた。
あたしはベッドに仰向けになって、ぼんやりと天井を眺めていた。
手のひらを、頭の下で組んでいる。
深夜だった。もう日付は変わっている頃だろう。カーテンの隙間から、外の闇が覗いている。なのにあたしは目が冴えて眠れなかった。
この一週間、リィナとは会っていない。
当然といえば当然のことかもしれない。リィナが騎士団の入団試験にパスした時点で、あたしと彼女の繋がりはもう無くなったのだから。
あの晩の彼女の言葉を思い出す。
――またここに来てもいいですか。
その問いに、あたしはイエスと答えた。
だがあれ以来、リィナは私の前に姿を見せていない。
あたしの方から会いに行くことも考えたが、結局まだ実行には移していない。正直に言えば、気が重かった。このまま、自然消滅のような形で終わってくれれば、それが一番楽だなんてことをあたしは考えていた。
そう。
このまま単なる他人に戻ってしまえば、それでいいはずなのに。
なのに、何故あたしはこうして、ずっと彼女のことを考えているのだろう。
もう何度目か分からないため息は、あたししかいない室内に静かに溶けて消えた。
その時だ。
ふと、誰かの足音が聞こえた。
あたしの胸が、どくんと高鳴った。
足音が近づいてくる。
あたしは息を潜めて、その足音に耳を澄ませた。
リィナだろうか。
それとも、全く違う誰かだろうか。
リィナの足音のような気もするし、違うような気もする。
心臓の音がやけにうるさかった。もっと足音に集中したいのに、鼓動がそれを邪魔する。止められるものならば、この心臓さえも止めてしまいたかった。
リィナであって欲しいという思いと、リィナでなければいいのにという思いが、ぐるぐるとあたしの中で渦巻いていく。
足音は、ドアの向こうで止まった。
一呼吸置いて、小さくドアがノックされた。
あたしはベッドから体を起こしながら、
「――誰?」
そう訊ねた。
少し、声が上ずっていたかもしれない。
「あの、私です」
聞き覚えのある声が、ドア越しに聞こえた。鈴の音のようなか細い声。
「リィナ!?」
あたしは慌ててドアを開けた。途端に、あたしを見上げるリィナの顔があたしの目に飛び込んできた。
リィナは私服姿だった。騎士団への入団が決定したとはいえ、入団式が行われるまでは騎士としての服装や武具は支給されない。開いたドアの内側から照らす光が、白いワンピース姿を闇から浮かび上がらせていた。
「あの、ごめんなさい、こんな夜更けに、私……」
リィナは戸口に立ったまま、そう言って俯いた。
「いいのよ。さ、中に入って」
「はい、それじゃお邪魔します」
あたしはリィナを室内に招き入れ、ドアの錠を下ろした。
リィナに椅子をすすめ、あたしはベッドの縁に腰かけた。一礼して、リィナがおずおずと椅子に腰掛ける。
「どうしたの? こんな時間に」
言いながら、何て馬鹿なことを訊いているんだろう、と思った。彼女が何を望んでここに来たかなど、分かりきっているというのに。
「あの、私、その……」
リィナはぴったりと合わせた膝の上に両手を置き、戸惑うように視線を泳がせていた。リィナは裸足にサンダル履きだった。裾の下から覗くふくらはぎからつま先までのライン。その美しさに思わず見惚れそうになる。
僅かの逡巡の後、リィナは顔を上げた。潤んだような瞳があたしを見つめていた。
「先輩、私、その、この間みたいに……」
余程恥ずかしいのだろうか、リィナは消え入りそうな声でそう告げた。
あたしの中で、何かどす黒いものがざわりと蠢くのが分かった。
胸の鼓動が高鳴ってゆく。さっきまでの緊張とは違う、まるで罠に掛かったウサギの首をそっと両手で締め上げる時のような、歪んだ高揚感。
「そう。して欲しいんだ?」
言いながら、あたしの中のまだ冷静な部分が、何を言っているんだとあたしを責めた。
リィナが、こくんと小さく頷いた。
「じゃあ、どうして一週間も姿を見せなかったの?」
「それは……その、恥ずかしくって……」
「でも、したかったんでしょう?」
「……はい」
「あの時のことが忘れられなかったんだ」
「……はい」
まるで些細ないたずらを発見されて叱られる子供のように、リィナは体を小さくしたままあたしの言葉に頷いてゆく。
「あたしと会わなかった間、自分ではしてたの?」
リィナの体が、びくんと震えた。
「そ、それは……」
リィナの視線が、宙を彷徨う。顔が見る間に赤く染まってゆく。
「ちゃんと言いなさい。したの?」
あたしは体を乗り出し、リィナの顔を覗き込むようにして訊ねた。
「……はい、その……、しました」
「それだけじゃ分からないわ。何をしたかも言わないと」
「……ッ」
リィナの目が、助けを求めるようにあたしを見つめた。眉根が困惑するように寄せられている。だがあたしは、リィナの中に確かに揺らめく情欲の炎を見出していた。
「その、オナニー……しました。先輩のことを考えながら……」
羞恥心に耳まで赤くしながら、リィナは切れ切れに言葉を口にした。あたしの中に、征服感にも似た感情が広がってゆく。この、汚れなど全く無縁そうな少女の口から、オナニーなどという単語が飛び出してくるなんて。
「そう。あたし知らなかったな、リィナがそんな子だったなんて」
「ご、ごめんなさいっ……私……」
リィナは俯いたまま、ふるふると肩を震わせている。
「――見せて」
「えっ?」
リィナが、驚いたように顔を上げた。
「あたしの知らないリィナを、あたしに見せて。リィナが、自分でするところが見たいの」
「そんなっ……それ……は」
「できないの? 言ったでしょう、相手のためならどんなことだってできる。それが誰かを好きになることだって」
言いながら、あたしは自分自身に反吐が出そうになった。なんて卑怯で、ずるい言葉だろう。そう思うと同時に――いやそれ以上に、あたしはリィナを汚してゆく背徳の悦びに打ち震えていた。
頭の中のどこかで、こんなはずではなかったと叫ぶ声が聞こえた。次に会った時は、もうこれきりにしましょうと告げるはずだったのに。どうしてこうなってしまったのか。
ふっとエイミーの顔が脳裏をよぎった。あたしとリィナのことを心から気にかけてくれていた彼女。リィナとは終わりにすると約束したはずなのに。
あたしは胸の中で、ごめん、と呟いた。
「わかり……ました」
リィナは俯いたまま、小さく、しかしはっきりとそう答えた。
3/
さっきまであたしが座っていたベッドの縁に、今はリィナが腰掛けている。
あたしはリィナと入れ替わるようにして椅子に座り、足を組んだ。上になった膝の上に両手の掌を重ねる。
「さ、見せて」
「……はい」
頷いて、リィナは両手でそっとワンピースの裾を持ち上げた。太ももが中ほどまで露出し、その内側にリィナの手が潜り込む。緊張か、それとも羞恥心のためか、リィナの膝が細かく震えていた。
「もっとめくらないとよく見えないでしょう?」
「は、はい……」
リィナは左手で裾をさらにめくり上げた。太ももからウェストにかけてのラインが露になる。股間を覆った薄いピンクのショーツがさらけ出される。真ん中にあしらった小さなリボンが可愛らしい。
「足を広げて」
言われたままにリィナが足を広げる。あたしは薄い布地を見透かそうとするかのように、じっとリィナの足の付け根に視線を注いだ。リィナもその視線を感じているのだろう。恥じらいを含んだ表情がたまらなく扇情的だった。
「んっ……」
リィナの右手が足の間に伸び、細い指先が布地の上から柔らかな肉の割れ目をなぞるように動いていく。
触れるか触れないか程度のささやかな愛撫は、しかし確実にリィナを快楽の淵へと誘ってゆく。初めは遠慮がちだった指の動きが、少しずつその速度を増してゆく。
「はっ……ぁ……」
薄く開いたリィナの唇から、ため息にも似た吐息が洩れた。火照ったように紅色に染まった頬は、羞恥のためだけではなさそうだった。
じわりと滲んだ愛液が、ショーツに染みを広げてゆく。まるでその下に隠された淫靡な肉の形を確かめるように、指の腹が上下に往復する。張り付いた布地に透けて見えるリィナの秘肉に、あたしは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「あっ……んんっ!」
リィナは目を閉じ、あたしが見ていることさえ忘れているかのように自慰に没頭していた。いや、恥ずかしさを捨てるために、あえて忘れようとしているのかもしれない。あたしの中に、もぞりと黒い欲望が湧き上がる。
「リィナ。目を開けなさい」
「は……い」
リィナは指の動きを止め、薄く目を開けた。蕩けたような瞳があたしを見つめる。
「誰が止めていいって言ったの? 指を動かしなさい」
「あっ……は、はい……んっ!」
リィナの指が、その活動を再開させる。だが、あたしの存在を意識してしまったためか、さっきまでよりもどこかぎこちない。
「下着を脱いで。直接触るのよ」
「はい……」
リィナは小さく頷き、ショーツの両端に親指をかけて膝のあたりまで押し下げた。慎ましやかな黄金色の茂みと、雨後のつぼみのような潤んだ肉襞が露になる。
「あんっ……は……ぁっ」
リィナの指先が、じかに敏感な肉襞をなぞってゆく。溢れた蜜が指先に絡みつき、くちゅりと小さく音を立てた。
「リィナ。今あなたのそこを弄っているのは誰の指かしら?」
「んっ……私の指……ですっ」
「違うでしょう。あたしの指よ」
「あ……はいっ、先輩の……指がっ、私の……あそこ……に、触って……んんっ!」
リィナの体がぞくんと震えた。ぎこちなかった指の動きが、激しさを増してゆく。想像がリィナを昂ぶらせ、羞恥心の仮面を剥ぎ取ってゆく。
なんて素直ないい子だろう。そう思うと同時に、あたしは自分の唇が醜く吊り上るのを感じていた。
「そうよ、リィナ。今あなたを犯しているのはあたし。ほら、もっと激しくするわよ」
「はいっ……あぁっ! んっ……くぅんっ!」
リィナの唇から洩れる喘ぎ声に、淫猥な水音が混じり合う。
「どこが気持ちいいの? 言ってみなさい」
「ふぁっ……その、クリトリス……がっ……」
「そう、ここをくりくりされると気持ちいいんでしょう? してあげるわ」
「あくぅっ……! は……はいぃっ!」
あたしの言葉どおりに、リィナの指が動いてゆく。
リィナはつんと尖った自らの肉芽を指の腹でこねまわし、腰を浮かせるようにして身悶えした。あられもないよがり声がリィナの口から洩れる。
「ひぁっ……! せんぱっ……い……あぁん!」
リィナは完全に、想像の中のあたしとの性行為にのめり込んでいた。普段の清楚な雰囲気からは想像もつかないほど乱れたリィナを見つめながら、あたしは自分の体が熱く疼くのを感じていた。
「んっ――」
そっと手を下着の中に忍ばせる。そこは薄っすらと湿っていた。中指と人差し指を揃え、そっと柔らかな肉の谷間を撫で上げる。ぞくりと快感が背筋を駆け上がり、思わず声が洩れた。
「あ……はぁっ」
指先を往復させながら、もう片方の手で纏った服を脱ぎ捨てていく。リィナの痴態にあてられた体は、既に熱く火照っていた。さらけ出した素肌に触れる、ひんやりとした空気が心地よい。
「ふぁぁっ……ん! 先輩っ……せんぱぁいっ……!」
あたしは椅子から立ち上がり、自慰に没入するリィナの傍らに腰を下ろした。
「リィナ」
囁くように名前を呼び、リィナの顔をこちらに向けさせる。
「あ……せんぱ……い?」
ようやくあたしが全裸なことに気が付き、リィナは少し驚いたような顔をした。だがそれは一瞬で、あたしの体を見つめる瞳は、すぐに欲望に濡れたものに変わった。
あたしはベッドの上に乗り、両手を後ろについて足を広げた。
「あっ……」
リィナの視線が、あたしの秘所に釘付けになる。鬱蒼とした茂みの下の黒ずんだ肉の薔薇は、内側から溢れた蜜で濡れ光っていた。
こうして他人のものをまじまじと観察するのは初めてなのだろう。リィナは気恥ずかしそうにしながら、しかし目を逸らすことはできないようだった。
「舐めて」
「えっ……」
戸惑ったような声と共に、リィナが顔をあげた。
「聞こえなかったの? 舐めなさい」
もう一度、拒否を許さない強さを込めて命じる。
「はい……、わかりました」
リィナは土下座するように頭を低くし、足の付け根に顔を近づけた。鼻息があたしの敏感な部分をくすぐる。
目を閉じ、緊張と戸惑いの入り混じった表情で、リィナは小さく舌を出した。
微かに震える舌先があたしの秘肉に近づいていき、触れる寸前のところで止まった。そのまま、リィナは金縛りにでもあったかのように身動きしなくなった。やはり、それがあたしのものであっても、他人の性器を舐めるのには抵抗があるのだろう。
哀願するような眼差しがあたしを見上げた。あたしは薄く笑みを浮かべ、そっとリィナの後頭部を撫でた。それを命令からの開放だと思ったのか、リィナの顔にほっとしたような表情が浮かんだ。
次の瞬間、あたしはリィナの頭部を思い切り引き寄せた。
「んんっ……!」
柔らかな唇があたしの割れ目に押し当てられ、くぐもった呻き声がリィナの口から洩れた。
あたしはそのままリィナの頭を押さえつけ、
「ほら、ちゃんと舐めるのよ」
優しい声で、しかし冷たくそう命じた。
「んふっ……ぅ……」
観念したように、リィナは舌を出しあたしの秘所を舐め始めた。ざらりとした舌の感触が、折り重なった肉の襞を這い回ってゆく。
「あっ……ん、はぁっ……」
ぞくり、とあたしの背中を駆け上がるものがあった。それは快感というよりも、もっと別の何かだった。
あのリィナがあたしの股間に頭を埋め、まるで犬のようにぺろぺろと舌を這わせている。
リィナの舌がもたらす快感よりも、その行為自体があたしを昂ぶらせていた。
大切な宝物を汚してゆくときの、自堕落な悦びにも似た背徳感。
「気持ちいいわ、リィナ」
あたしは腕の力を緩め、優しくリィナの頭を撫でた。あたしが感じているのが嬉しいのか、遠慮がちだった舌の動きが、少しずつ大胆になってゆく。
「んっ……ふ……ちゅく……れるれる……」
リィナの洩らす吐息と、潤みをかき混ぜる舌先が奏でる水音が重なり合う。
「もっと口全体を使って、吸い付くようにするの」
「はいっ……、んむぅ……んんっ……ちゅうっ…くちゅる……」
舌先があたしの中に潜り込み、リィナは音を立てて内側から溢れる愛蜜を啜り上げた。
「あはぁっ……ん!」
あたしは腰を浮かせ、ぞくんと身悶えした。
「そう……上手よ、リィナ。んんっ……ぁっ……!」
浮かせた腰を、自分からリィナの舌と唇にこすり付けるようにくねらせる。たっぷりと分泌された愛液が、リィナの口元を汚していく。
「は……ぁ……リィナ」
充分にリィナの愛撫を堪能して、あたしはそっとリィナの肩を押して顔を離させた。リィナの潤んだ瞳があたしを見上げる。口の周りには、あたしの肉壷から溢れた透明な粘液がべっとりと絡み付いていた。
顎の下に指を沿わせ、くっと上向かせる。
あたしは顔をリィナに近づけ、顎先から下唇までつぅっと舐め上げた。そのまま、リィナの唇に自分の唇を重ねた。
「んんっ……んふ……ぅ」
舌先が絡み合い、また離れた。あたしは何度も口付けを繰り返し、リィナの口元に張り付いた自らの愛液を舐め取っていった。
「ぷはぁ……」
「はぁ……せんぱい……」
唇が離れた。リィナは、とろんと蕩けたような眼差しをあたしに向けていた。
「ふふっ。リィナの舌、よかったわよ。ご褒美をあげないとね」
「あ……はいっ、ありがとうございます……。でも……」
「でも?」
「その、先輩はまだ……本当に気持ちよくなってないんじゃないかって……」
「イッてないってこと? それなら、リィナもそうでしょう?」
「そ、それは……そう、ですけど」
あたしはリィナをそっと抱き寄せた。リィナの額が、あたしの胸に埋まるように押し当てられる。
柔らかな癖のない髪を、指で梳くように優しくリィナの頭を撫でる。
「ご褒美をあげるって言ったでしょう? リィナ。今日は一緒に気持ちよくなりましょう」
4/
あたしが取り出したものを、リィナは不思議そうな目で見つめた。
「先輩、それは……?」
「ふふっ、あなたと私を繋ぐためのものよ」
あたしが手にしているのは、なめした皮で作られたパンツだった。
だが、これが普通の下着ではないことは一目瞭然だった。まるで天狗の鼻のような突起が、股間を覆う部分の表と裏からそそり立っており、ウェストの左右の止め具でしっかりと体に固定できるようになっている。
あたしは内側の突起を、自分の中心にあてがった。
「んっ……!」
ぐっと押し込む。
充分に潤んだ膣穴が、太い突起を咥え込んでいく。久しぶりに感じる、自分の中が異物によって押し広げられていく感覚。ぞくりとあたしの背中を快感が走り抜けた。
根元まで咥え込み、腰の止め具を固定する。
「ふぅ、これでよし……っと」
あたしは膝立ちになって、リィナに向き合った。
まるで勃起した男性器のように、外側に取り付けられた突起が、リィナに向かってそそり立っていた。少し怯えを含んだリィナの眼差しが、あたしの股間に生えた突起を見つめる。
「あの、先輩、それって……」
「言ったでしょう? あなたと私を繋ぐためのものだって。リィナ、今からあなたを犯してあげる」
あたしは両手でリィナの膝を左右に開き、その上に覆いかぶさった。二人の体重にベッドが沈み込み、軋んだ音を立てる。
突起をリィナの濡れたつぼみに押し当て、中心を探るように小さく動かした。先端が膣口を捉え、つぷりと中に潜り込む。
「ふぁっ……!」
リィナの体がびくんと震えた。不安げな目があたしを見上げる。
「大丈夫よ、ほら、力を抜いて」
「はい……」
そう言いながらも、リィナは硬く体を強張らせたままだった。あたしは上体をかがめ、リィナの唇に自分の唇を重ねた。
「んんっ……ふ……」
リィナの口内に舌を挿し入れる。リィナもそれに応じ、あたしたちはくちゅくちゅと音を立てて互いの舌を絡ませあった。
「はぁ……。ね、リィナ。あたしの背中に腕を回して」
「は、はい……」
言われたとおりに、リィナがあたしにぎゅっと抱きついてくる。
「痛かったら、爪立ててもいいから。――行くわよ」
あたしはぐっと腰を押し込んだ。指よりもずっと太い突起が、狭い肉の洞窟をみしみしと押し開けるように進入していく。
「ふぁああっ……あぁあんっ!」
叫ぶような声がリィナの口から洩れた。リィナの小さな体がぶるぶると震え、背中に回した腕が凄い力で締め付けられる。
あたしの中に、たまらない悦びが湧き上がる。リィナを犯しているという悦びが。
「は……ぁ……」
腰をぴったりと合わせ、あたしは動きを止めた。覗き込むようにリィナの顔を見つめる。
「どう? 一番奥まで入ってるわよ。分かる?」
「ふぁっ……あ……はいっ……」
はぁはぁと息を乱しながら、リィナが答えた。苦痛と快感の混ざり合った表情が、あたしの中の黒い欲望をめらめらと燃え上がらせる。
「じゃあ動くわよ……んんっ!」
そう宣言して、あたしは腰を動かし始めた。肉棒を模した太い突起が、リィナの中を蹂躙していく。同時に、内側の突起があたしの中を刺激していく。
「あっ……! はぁあんっ……!」
動きに呼応するように、リィナの唇から桃色の叫びが溢れ出す。あたしはまるで天上の音楽に聴き惚れるかのように、うっとりとその声に酔いしれた。
「リィナっ……リィナっ!」
あたしは無我夢中で腰を振るった。もっとリィナを犯したい。もっとリィナを汚したい。もっとこの子のよがり狂うさまを見たい。
「ふぁあっ……! あっ……先輩っ……せんぱぁいっ……!」
ふっと、あたしの中で過去の自分と現在のリィナが重なって見えた。消し去ることのできない過去の亡霊。あたしの胸に、苦いものが広がる。
あたしは腰の動きを止めた。
「やっ……ん、先輩っ……止めないでください……」
哀願するようなリィナの目が、あたしを見上げる。
「リィナ。あたしのことを先輩と呼ぶのはやめなさい」
「えっ……」
「人前では仕方ないけれど、こうして二人きりの時は違う呼び方をしなさい」
リィナは僅かの逡巡の後、
「じゃあ、その、お姉さまって呼んでもいいですか?」
そう訊ねた。
「お姉さま――ね」
悪くない。あたしも、リィナを妹のように見ている部分がないわけではない。だが結局のところ、先輩以外の呼び方ならなんでも良かったのかもしれない。その響きは、昔のあたしを思い出させるから。
「いいわ。これからあたしのことはそう呼びなさい」
そう言って、あたしは抽送を再開した。
「はいっ……お姉さまっ…んぁあっ!」
再び送り込まれる刺激に、リィナの体が反応する。小さな体を悶えるようにくねらせ、唇から叫ぶような喘ぎ声が洩れた。あたしとリィナを繋いだ擬似性器が、二人の中を抉るようにかき混ぜてゆく。
「んんっ……! くぅっ……あぁっ!」
「はぁあんっ……! ひぁっ……!」
二人の喘ぐ声が室内に響き渡り、ベッドがぎしぎしと軋んだ。打ち合わされる腰のあたりから、ぐちゅぐちゅと淫猥な水音が聞こえる。
「はぁっ……、まだ痛い? リィナ」
「うぅんっ……気持ちっ……いいですっ……いいっ……!」
「あぁ……私もよ、リィナ。気持ちいい……んんっ!」
激しく腰を突き入れながら、あたしはリィナの乳房に手を伸ばした。
薄い胸をより集めるようにして揉みしだき、先端の突起に吸い付く。
「ひぅうっ……ん!」
リィナの体がびくんと跳ねた。
あたしはわざと音を立てるように、唾液を絡ませちゅうちゅうと吸い付いた。
「ふぁっ……ん! あぁんっ……!」
恥ずかしそうにリィナが首を振る。あたしは構わず、リィナの乳首を吸い続けた。時折歯を立て、また吸い付く。あたしの下で、リィナの小さな体がびくびくと狂おしく身悶えする。
「ひぁあっ……! お姉さまっ……ぁ……! 私っ……わたしっ……」
リィナの声が変化した。
「ぷはっ……イキそうなの? リィナ」
「はいっ、イッ……くぅっ……! イッちゃいますぅっ……!」
あたしはがつんと腰を押し込み、
「ダメよ、まだイッちゃ。一緒に……ね」
と、耳元で囁いた。
「んんっ……はぃいっ! あ……あぁっ!」
必死に高まる快感を押さえ込もうとするリィナを見下ろしながら、あたしは蹂躙するように腰を打ちつけた。まるでリィナの膣肉に憎しみを抱いてるかのような激しいピストン。たまらない快感と、狂気にも似た感情が、あたしの中で噴火寸前のマグマのようにどろどろとうねっていた。
このまま、リィナを壊してしまいたい――
ふっと、そんな思いが頭をよぎる。
だが、限界はその前に訪れた。
「ふぁああっ……! あっ……んんくぅううっ!」
「あぁんっ……! はぁあっ……ぁ!」
あたしの下で、リィナの体がびくんと跳ねた。同時に、あたしの体の中を電流に似た快感が駆け上がり、頭の中で爆発した。
びくびくと痙攣するリィナの内部を、二人を繋いだ突起があたしの中に伝えてくる。歪んだ満足感があたしを酔わせた。この少女を存分に犯し、快感に狂わせてやったのだという満足感が。
「はっ……ぁ……リィナ」
あたしはリィナの体を強く抱きしめた。二人の肌に浮いた汗が混ざり合う。
体の隅々まで押し寄せた快感の波がゆっくりと引いていき、荒かった呼吸が、徐々に穏やかなものに変わってゆく。同時にあたしを満たしていたどす黒い意識は薄らいでいき、代わりにささやかな安堵感が広がっていった。それは、リィナを壊さずに済んだという安堵感だ。
腕の中に感じる、柔らかなリィナの体。その温もり。今はこんなにも穏やかな気持ちで抱きしめることができるのに、さっきのあたしは――
ぞくり、
と、恐怖心が背筋を駆け抜けた。
あのまま、自分の中に湧き上がった欲望に身を任せていたら、あたしはリィナをどうしていただろうか。
「先輩……あ、いえ、お姉さま。どうしたんですか?」
抱きしめたままじっと黙り込んだあたしの様子に何かを感じたのか、リィナが訊ねた。
「ん? ううん、何でもないわよ」
あたしはそう言って微笑んだが、うまく笑えたかどうか自信がなかった。
「そう……ですか」
それきり、リィナは追求してこなかった。あたしは心の中で、室内を満たした闇に感謝していた。