邂逅

「お前か、人でありながら我に会いたいと望む変わり者は」
 目の前の闇が語った。
 甘く、魂さえ溶かすような声であった。同時に、ぞっとするほど冷たい声であった。耳にした者は誰もが戦慄するであろう。破滅への耐え難い誘惑に。
「はい――ですが、一つだけ間違いを指摘させて頂くならば、私は既に人ではありません」
「そうか、そうであったな」
 闇の中に浮かんだ顔が、にやりと不敵な笑みを漏らした。
 その声以上に、見るもの全てを恍惚とさせるような美貌の顔であった。神の手が描いたとしか思えぬ眉、精緻を極めた彫刻のような鼻梁、そしてその唇だけが血のように紅かった。
 人の域を超えた美であった。
 いや、神魔に属するものとて、この男の前では路傍の石に等しいだろう。
 ここは、魔界――
 そしてこの男こそ、魔族数千万を統治する闇の王、ダークロードであった。
 ダークロードは物憂げに玉座に腰掛け、眼前に跪く一人の女を見下ろしていた。
「それでは問おう。我に何の用があってここに来た?」
 女は顔を上げた。
 柔らかなウェーブのかかった黄金色の髪が、ふわりと揺れる。
 年の頃は二十代半ばといったところであろうか。間違いなく美人の部類に入るであろう。ただし、目の前にいる男と比べなければ、であるが。
 だが、彼女を形容するに最も相応しい言葉は、美ではなかった。
 布地の少ない服から大胆に露出した太ももは、妖艶な大人の色香を放っている。
 大きく開いた胸元からは、こぼれんばかりの豊満な乳房が覗いている。
 あらゆる男が情欲を掻き立てずにはいられないような、肉感的な女であった。纏った雰囲気は淫魔のそれに近い。彼女もまた、人ではない存在であった。
「私を、ダークロード様の配下に加えてください」
「ほう――」
 面白い、といった風に、ダークロードはその美しい片眉を上げた。
「狙いは何だ? 我の命か、それとも我の魔力か」
「いえ、決してそのようなことは――」
 女は口調を変えずに言った。
「隠さずとも良い。我に知らぬことはない、お前の過去も、お前の望みもな」
「――――」
 ダークロードの視線が、射抜くように女を見つめていた。まるでその心中さえも覗きこむような、深淵なる闇を湛えた眼であった。
 つぅ、と、冷たい汗が一筋、彼女の背中を伝った。
 外道の法により不死を手に入れた彼女でさえ、畏怖を感じないわけにはいかなかった。それほどまでに、眼前の男が放つ威圧感は圧倒的であった。蝋細工のような美しい指が僅かに動くだけで、彼女の存在はこの世から完全に消滅するだろう。
「まあ良い。我もいささか怠惰な日常に飽きておった頃だ」
 ダークロードの視線がふっと緩んだ。
「一つ、条件がある」
「条件――?」
 問い返しながら、彼女は心の中でほっと安堵のため息を吐いた。とりあえず、この場で即座に消されるということはなさそうであった。
 あとは、ダークロードの出す条件がどんなものかということである。
「我を満足させてみよ。お前のその肉体をもって」



 薄闇の中、淫らな水音と、くぐもった吐息だけが流れていた。
 女が、玉座に掛けたままのダークロードの足の間に、顔を埋めていた。
 その口に、ダークロードの陽根をほお張るように咥え込んでいる。
 美しい相貌からは想像もできぬような、巨大で逞しい肉棒であった。もはやそれは、一つの肉の凶器であった。男というものが根底に持つ凶暴さを、そのまま形にしたかのようであった。
 女が頭を上下に動かすたび、柔らかな唇がダークロードのそれを撫でてゆく。
 舌がまるでそれ自体が一つの生物であるかのように蠢き、唾液を塗り込めるように隅々に絡みつく。
 巧みな口淫であった。
 時に吸い付くように、あるいは優しく撫でるように。
 熟練した娼婦でさえかくやと思わせるほどに、男から快楽を引きずり出す術を知り尽くした動きであった。
 ダークロードは、自らの股間に顔を埋めた女を、愉しそうに見つめていた。
 その手がすっと伸び、女の背中を指先が撫でた。
「上手いではないか。その技、どこで習い覚えた?」
 女は答えなかった。代わりに、さらに深くダークロードを咥え込む。
 ダークロードの手が、背中を這い、腰へと伸びる。
 服の中に潜り込み、ぎゅっと豊かな尻を掴んだ。
「この尻も、なかなかに揉み心地が良い」
 ダークロードは、女の柔らかな尻に指先を食い込ませるように、何度も強く揉みしだいた。
 ぴくん、と女の腰が動いた。
 女の頬が僅かに上気していた。平静を装った眼の中に、隠すことのできない肉欲の炎がちろちろと燃えていた。
 女の口淫がさらに激しさを増していく。
 先端が喉に沈むほどに深く咥え込み、舌先は裏筋に沿って上下動を繰り返す。苦しげな呻き声をあげながら、その声にはどこか艶やかな喘ぎが混じっていた。自らを苛む苦痛さえも、快楽の一つと感じているのかもしれない。
 ダークロードの手がするりと尻の谷間を滑り降り、指先が肉の蕾に触れた。
「あ……!」
 唇を塞いだ肉棒の隙間から、女は思わず声を洩らした。
 そこは、既に熱く潤んでいた。
 湿り具合を確かめるように、ダークロードの指先が秘所をまさぐっていく。
「んく……んんっ……」
 口での奉仕を一時忘れ、せり上がって来る快楽がくぐもった呻きとなって女の口から洩れた。「どうした、動きが止まっておるぞ。それで我を満足させられると思うのか?」
 ダークロードの言葉に、女は再びおずおずと口を使い始めた。それと同時に、ダークロードはずぶりと指先を潤んだ割れ目の中に沈み込ませた。
「んふぅっ……!」
 女の顔が歪んだ。苦痛のためではない。体を駆け抜けた快楽によってであった。
「ほら、続けぬか」
 言いながら、ダークロードの指は容赦なく女の体内を抉っていく。
 そこは熟した果実のように潤み、ダークロードの指に絡み付いてきた。
 女の顔がたちまち紅潮し、瞳は恍惚となった。
 たまらない快感が、押し寄せる波濤のように彼女の精神を覆い尽くしていく。
 それに必死に耐えながら、懸命にダークロードのものを口で愛撫していく。
 女の唇から、溢れた唾液が糸を引いて落ちた。それさえ気付く様子もなく、貪るように肉の塊りを舐め、しゃぶり、扱いてゆく。
 果たして、彼女は知っているのだろうか。
 今、彼女の中に潜っているのは、かつて魔界一の名工と謳われた人形遣いダークロードの指なのである。
 その指使いは、繊細に、時に大胆に、まるで魂を直に愛撫するかのように、際限なく彼女の肉体から快楽を引き出してゆく。
 まさに神業――いや、悪魔の業であった。
 同時に、ダークロードは微弱な魔力を指先から彼女の体内に送り込んでいた。闇の王たる彼が、魂なき不死者を自在に操る時に用いるものである。それは、どんな媚薬よりも狂おしく精神を蝕んでゆく。
 狂気と正気の狭間を漂いながら、一心不乱に己の肉棒を貪る女の姿を見下ろし、ダークロードは声なく嗤った。
「面白いな、お前は――」
 呟いた言葉は、女に向けられたものか、それとも独り言か。
 ダークロードの指先が、不意にその動きを止めた。
 女はゆっくりと口を離した。そそり立つ先端と舌先の間を、唾液が一筋の糸を引いて伸びる。
「ダークロード様――」
 淫蕩な光を帯びた女の目が、哀願するようにダークロードを見上げた。ダークロードもまた、無言で女を見つめた。
 女はゆっくりと立ち上がった。
 女の手が、そっと自らの服をはだけてゆく。
 白く豊満な乳房がこぼれ出た。その薄紅色の先端は、充血し硬く尖っていた。
「どうした?」
 口元に微笑を浮かべ、ダークロードが訊ねた。
 女はなおも自らの衣服を剥ぎ取ってゆく。腰を包んでいた布地が静かに床に落ち、ウェストから太ももにかけての妖艶なラインが露になった。
「お願いです、どうか――」
 一糸纏わぬ姿になった女を、ダークロードは舐めるように隅々まで見た。
 その視線さえも、彼女をさらなる興奮へと導いてゆくのか。白い肌を紅に染めた女は、小さく体を震わせて、甘く切なげな吐息を洩らした。
「入れて……ください、ここに……」
 女の指先が自らの股間に伸び、秘所をまさぐっていく。くちゅり、と淫らな音が闇に響いた。
「ふむ。いいだろう、来るがいい」
 ダークロードは女の腕を取り、ぐい、と引っ張った。
 玉座に座したまま、女を腰の上に跨らせる。
「お前も魔道に身を堕とした者ならば、知っておくがいい。我々魔族にとって、性交とはいかなる意味を持つかということを」
 熱く脈打つ先端を潤んだ蕾に押し当てながら、ダークロードは言った。
「意味……?」
 上体をダークロードにすり寄せながら、惚けたような声で女が呟いた。その腰がもう一時も我慢できないというように、緩く円を描いて動く。
「ああ、そうだ」
 つぅ、と、ダークロードは唇の端を持ち上げた。
 両手で女の尻を抱えるようにして、一気に貫いた。
「あぁ……ん!」
 女の体が仰け反り、その口から甘美な喘ぎ声が洩れ出た。
 そのまま、抱えた尻を上下に揺すり、女の中をかき混ぜてゆく。
「んぁっ……はぁん……!」
 女はダークロードに抱きつき、狂ったような嬌声をあげた。豊かな乳房がダークロードと女の間で押しつぶされ、形を変える。
 しとどに溢れた愛液が、互いの肉体を繋いだ部分から溢れ出し、玉座までも濡らしてゆく。
「なかなかの名器ではないか。この穴で、これまで幾人の男を咥え込んできた?」
 女は力なく首を振った。その顔が紅く染まっているのは、羞恥のためか、快楽のためか。
 ダークロードは、なおも激しく肉壷を抉ってゆく。
 容赦のない動きであった。
 闇の中、互いの腰を打ち付けあう音と、女の喘ぎ声が、一定のリズムで繰り返される。
 それはまるで、淫猥な音楽を奏でているかのようであった。
 尻を抱えた指先が僅かに動き、谷間にあるもう一つの蕾を捉えた。
 硬くすぼまったそこを、細い指先が繊細な動きで揉み解してゆく。
「ひぅんっ……んく……!」
 闇を流れる肉欲の旋律に、これまでと違う響きが混じった。
 新たな快楽の泉を掘り当てたかのように、指がつぷりと穴の中に沈んだ。
「ふわぁっ!」
 愉悦の塊りを吐き出すように、女の口から声が洩れた。びくんと体が震え、ダークロードのものを咥えた膣が更に締まりを増す。
 女はたまらず自らも腰を振り、さらなる快感を貪ってゆく。その眼はもはやダークロードを見てはいなかった。己の内にある肉の悦びだけを見ていた。
「面白い女だ、お前は――この体も良い。これならば、死んでいった男たちもさぞ満足だっただろう」
「――――ッ!?」
 快楽に蕩けていた女の眼が、不意に鋭い光を帯びた。
 それを見て、ダークロードは不敵に微笑んだ。
「知らぬことはないと言ったであろう、司祭よ。お前がその色香で男を惑わせ、利用し尽くしてきたことくらいは、な」
「ダークロード……様……」
 咄嗟に体を離そうとした女を、ダークロードが抱きとめるように押さえつけた。
「己が肉体さえ男を操る道具として用い、果てには魂まで魔道に堕としたか。その衣が赤に染まるまで、幾人の血を浴びてきた?」
「――――」
「快楽に酔いしれながらも、奥底に隠したその殺意。我が気付かぬと思ったか? だが、お前に我は殺せぬ」
 女は答えなかった。それは、肯定に等しい沈黙であった。尋常ならざる魔力を持つ彼女であっても、ダークロードの前では赤子以下の存在に過ぎない。例え全魔力を注いだとて、ダークロードの片腕さえ落とせるかどうか。
 女は目を閉じ、ふっと全身の力を抜いた。
 諦めに似た感情が湧きあがる。
 ――ここまでか。
 と、そう思った。
 初めから、無謀な賭けだということはわかっていた。ダークロードに取り入り、その比類なき魔術を我が物とするなど。
 これまで、魔術の探求のために、あらゆるものを犠牲にしてきた。
 師と呼んだ人も、仲間と呼んだ人々も。
 裏切り者と罵られ、逆賊として追われた。その追っ手も、全て血の海に沈めてきた。
 自らの肉体を餌に男を篭絡し、不要となれば殺して捨てた。
 人の身では時間が足りないとなれば、我が身を不死者と化すことさえ厭わなかった。
 呪われた道のりであった。
 裏切りと、謀略と、殺戮に満ちた道のりであった。
 その報いが今、訪れたのだ。
 ただ一つ、心残りがあった。
 それは、彼女がその全てを投げ打って求めたもの。
 遠い記憶の中。まだ彼女が人であった頃、傍らで微笑んでいた少女。
 つう、と、彼女の頬を一筋の雫が伝い落ちた。
 ダークロードの凍てついた瞳は、その涙を捉えたのか。
「安心するがいい、お前を殺しはせぬ。我はお前という存在に興味を持った」
「え――?」
 女の顔に、これは心底からの驚きが走った。
「ですが、私は初めから貴方を裏切るつもりで――」
「構わぬ」
 ダークロードは言った。
「何故――」
 と、そこまで言って、女はふと気付いた。
 どこからか、己の内に流れ込んでくるものがあった。
 いや、どこからか、ではない。それは、互いを繋いだ肉の交わりから伝わってくるのである。
「これは――」
「言ったであろう。魔族の性交は、人のそれとは違うと。我々は肉体を重ねることで、互いの魂を喰らい合うのだ」
 先ほど以上の驚きが、女を襲った。
 ならば、今感じているこれは、ダークロードの魂だというのか。
 しかし、その魂のなんと暗く、冷たいことか。
 死と絶望のみが覆う、凍てついた荒野を渡る風のようであった。
 慟哭の叫びにも似た、寂寥の風であった。
 だが彼女は、その荒野の果てに異種なるものの存在を見ていた。
 ああ――
 不意に彼女は理解した。
 目の前にいるこの男。魔界を統べる闇の王、ダークロード。その心の中に、自分と同じものが広がっていることを。
 吹き荒れる冷たい風の中、ひっそりと咲く一輪の花があることを。
「ダークロード様……、貴方は、自ら滅びを望んでいるのですね」
「――――」
 ダークロードは答えなかった。だが、言葉以上に確かなものが二人を繋いでいた。
 彼女はそっとダークロードに抱きつき、その胸に身を預けた。冷たいその胸の中に、だが確かに彼女は不思議な安堵を感じていた。
「んっ……あ……」
 腰がゆっくりと動き始め、再び愉悦の声が洩れた。
 ダークロードを包んだ柔らかな肉襞が、絡みつくようにうねり、戦慄く。
 肉壷を貫いたダークロードの一物が、さらに硬さを増したかのように、狭い肉の隙間をこじ開け、女の中から快楽を抉り出してゆく。
「ふぁぁっ……ん……!」
 腰の動きが、徐々に激しさを増してゆく。
 それに伴いせり上がって来る快感に、彼女の唇から甘い吐息が洩れた。
 ふっと彼女の目が、遠くを見るように細められた。
 ――どうか、今だけは。
 ダークロードのものを咥え込んだまま、彼女は体ごと揺するように腰を振り続けた。ダークロードも彼女の尻を鷲掴みにし、貪るようにその中へ己を突き込んでゆく。
 一突きごとに、彼女の豊かな胸が上下に揺れる。
 ダークロードは、その先端を飾る小さな突起を口に含んだ。
「あぁっ! はぁんっ……!」
 体を揺するたびに乳首が引っ張られ、痺れるような快感が彼女の体を駆け抜けてゆく。
「ダークロード様……」
 女は、愛おしさにも似た響きをこめて、その名を呼んだ。
 潤んだ瞳が、お互いを見つめあう。
 ――例え、未来に待つものが滅びだとしても。
 今、この時だけは。
 一時の儚い夢でも、心に吹きすさぶ風を忘れることができるのなら。
「あん……ふぁっ……! んくぅっ……!」
 身体の奥から押し寄せてくる快楽に全てを委ねるように、女はただひたすらに腰を振るった。恍惚となったその顔は、初めて女が見せた本当の悦びを示していた。
 闇の中、互いの肉体と魂を交じらわせる二匹の人外のものたち。それは、傷を舐めあう獣にも近く、己が罪と深い悲しみから逃れようとする祈りにも似ていた。
「あっ、あぁっ……!」
 動きが小刻みになり、女の喘ぎ声が一段と高まってゆく。絶頂が近づいていた。
「ふぁあああっ……! はぁ……ん!」
 ずん、と根元まで思い切り深く腰を落とし、絶叫にも似た声が女の唇から迸った。全身が震え、ダークロードを咥え込んだ膣が絞り立てるように戦慄いた。
「くっ……う!」
 同時に、ダークロードも彼女の奥深くに放っていた。
 己の内に迸る熱い脈動を感じながら、女は忘我したように恍惚と目を閉じた。
 駆け巡る余韻に小刻みに体を震わせる彼女の髪をそっと指で梳きながら、ダークロードは小さく囁いた。
「――そういえば、まだ名前を訊いていなかった」
 女はゆっくりと目を開け、ふふっと微笑んだ。
「そうでしたね。私の名は――」



 グラストヘイム、カタコンベ。
 この地を守護する知恵ある不死者を、ある者はイビルドルイドと呼び、またある者は赤の司祭と呼んだ。
 だが、その本当の名を知るものは誰もいない。ただ一人、グラストヘイムの主たる闇の王を除いては。