Ciao Bella!

 外回りを終えて事務所に戻る時には、日はとっくに暮れてしまっていた。多くの同僚やアイドルたちはもう帰宅の途についたようで、社内は心なしかひっそりと静まり返っている。
「あっ、プロデューサーさん」ソファで手許の本に目を落としていた浅野風香が、顔をあげた。「おかえりなさい」
「ただいま」そう言ってから、プロデューサーは壁面のスケジュール表に目をやった。今日の風香の予定にはボイスレッスンが入っていたが、終了時刻からはもうだいぶ過ぎている。「待っててくれたのか。すまないな、遅くなっちまって」
「そんな……、私が勝手に残ってただけですから」風香は、そう言って恐縮したように体を小さくする。アイドルとして活動するようになってだいぶ改善したが、まだ引っ込み思案な性格は直ったわけではないらしい。やれやれ、と苦笑して、プロデューサーはぽんぽんと風香の頭を撫でた。
「嬉しいよ。せっかくだし、帰りに一緒になんか食っていこうか。まだなんだろ? 晩メシ」
「あ……はいっ」ぱあっと風香の顔が明るくなった。「じゃあちょっと、お母さんに電話してきますね」
「おう」
 携帯電話を手にぱたぱたと廊下へ出ていった風香を見送って、プロデューサーも帰り支度をはじめた。近々大きな仕事が控えているためか、何かと忙しく準備に駆け回る日々が続いている。こうして風香と食事に行くのも、随分と久しぶりだった。
 散らばったデスクの上の書類をとりあえずまとめてカバンに放り込んでいる時に、ふと一冊の本が目に入った。
 それは、さっきまで風香が読んでいた本だった。タイトルに『旅先で使える日常イタリア語会話』とある。だいぶ熱心に読み込んでいるのだろう。ページの間に、いくつも付箋が貼られている。
「お待たせしました……あっ」帰ってきた風香が、プロデューサーの視線の先にあるものに気がついた。「す、すみませんっ、今片付けますね」
「ああ、いや、いいんだ」プロデュサーは本を手に取って、風香に手渡した。「今度のイタリアロケに向けて、風香もしっかり準備してくれてるんだな」
 プロデューサーが抱えている大きな仕事というのは、まさにこのイタリアロケのことであった。風香も含めた数人のアイドルと、大勢の撮影クルー、そして各アイドルの担当プロデューサーや通訳、現地のコーディネーターなど、ちょっとした修学旅行の引率みたいなものである。
「そんな……、全然、しっかりなんて言えるものじゃないですけど」風香は少し俯きながらそう言ったあと、思い切ったように顔を上げた。その目が、まっすぐにプロデューサーを見つめる。「……でも、私にできることは、できる範囲でいいから、きちんと頑張ろうって思って」
 以前の海外ロケではプロデューサーさんに助けられてばかりだったから、と風香は言った。
「今度は私が、プロデューサーさんや他のみんなの力になれるように……って、すみませんっ、私なんかがなんだか偉そうなこと言っちゃって」
 プロデューサーは少し驚いたように風香を見て、そして眩しいものを見るように目を細めた。
 風香は――、この内気で引っ込み思案だった少女は、どうやら俺が思っていたよりも、強く、ずっと強くなって、一歩ずつ決然とした歩みで、前へと進んでいっているのかもしれない。
「前言を撤回しなきゃいけないな」プロデューサーは呟いた。
「えっ?」
「いや、なんでもないよ」プロデューサーはカバンを持って立ち上がった。「海外が初めての子もいるし、助けになってやってくれ。俺も風香がいると心強い」
「あ……は、はいっ、頑張りますっ!」
 帰りしなに寄ったファミリーレストランで、二人はちょっとしたイタリア語クイズをやった。
 風香の持っていたイタリア語会話の本を見て、プロデューサーが問題を出すのだ。そして、風香がそれに答える。
「じゃあ、イタリア語で『おはよう』はなんと言う?」
「えっと……ボンジョルノ、ですね」
「正解! じゃあ次は『クアント コスタ?』」
「おいくらですか、かな?」
 きちんと勉強してあるだけあって、風香の正答率はかなりのものだった。俺よりよっぽど頼りになりそうだ、とプロデューサーは素直に感心する。
 次はどれを出題しようかと考えながらページを繰っていると、ふと蛍光ペンでラインが引かれた言葉が目にとまった。
 これは――……。
「よし、じゃあ次だ」
「はい」
「風香」プロデューサーはふいに真顔になり、じっと風香の目を見つめた。「ティアーモ」
「あ……えぅ」
 途端に風香が顔を真っ赤にして、答えにつまる。あたふたと何かを言おうとしているようだったが、結局、下を向いて黙り込んでしまった。
「どうした風香、答えは?」そんな風香の様子を眺めながら、プロデューサーが答えを催促する。その顔には、いたずらに成功した子供のような笑みが浮かんでいた。
 ティアーモ――イタリア語で『私はあなたを愛しています』。
「えっと……わたし……」俯いたまま、ようやく風香が言葉を紡ぎ始める。「……その、私も、です」
「んなっ!?」今度は、プロデューサーが固まる番だった。「い、いや、答えってのはそういう意味じゃなくてな?」
「あ……」勘違いに気づいて、風香の顔が再びかぁっと真っ赤に染まる。「す、すみませんっ」
「いや、うん、すまん。謝るのは俺のほうだ」プロデューサーも一緒に顔を赤くしながら、とりあえず目の前にあったグラスを手にとって、口に運んだ。もっとも、グラスに入っていたメロンソーダはとっくに飲み干してしまっていて、中には溶けかけた氷があるばかりだったのだが。
「……」
「……」
 そのまましばらくふたりは無言で見つめ合い、やがて、どちらからともなく破顔すると、そのまま声を出して笑いあった。勘違いとはいえ、こんなありふれたファミレスの片隅で改めて気持ちを告白し合っている自分たちが、ひどくおかしかった。
 笑いながらふと、風香とこんな時間を共有したのはいつ以来だっただろうか、という思いが、プロデューサーの心をかすめた。
 いや、そもそも、こんな風に声を出して笑ったことすら、随分と久しぶりかもしれない。
「あのさ、風香」ようやく落ち着いたあと、プロデューサーは言った。「ありがとな」
「え……わ、私、何かプロデューサーさんに感謝されるようなこと、したでしょうか?」
「ああ」プロデューサーは頷いた。「どうやら俺は、自分でも気がつかないうちに、だいぶ自分を追い込んでたらしい」
「……」
「風香のおかげで、随分と気持ちが軽くなったよ」プロデューサーはあらためて、頭をさげた。「ありがとう。そして、このところあんまり一緒にいられなくて、すまなかった」
「ううん、大丈夫です」風香は少し困ったような表情を浮かべた。「プロデューサーさんが頑張ってるのは、私たちのためだって、わかってますから」
「イタリアロケの間に、なんとかオフの時間が取れるようにするよ」プロデューサーは言った。「ふたりで、ゆっくり過ごそう」
「イタリアで、プロデューサーさんと……」風香は目を閉じた。向こうの街並みや、地中海のリゾートビーチの風景を思い浮かべているのかもしれない。それから、目を開けてプロデューサーを見た。「……約束、ですよ?」
「ああ、約束だ」
 ふたりは小指を絡め合い、指切りをした。あらためて、必ずイタリアロケを成功させるのだという強い決意が、プロデューサーの中に湧き上がってきた。
「……えへへ」風香が、ちょっと恥ずかしそうに笑った。「実は、新しい水着買ったんです。撮影のとは違う、プライベート用のを」
「おっ、気になるな。どんなのだ?」
「そ、それはまだ……秘密です」風香が顔を赤らめる。「でも、プロデューサーさんに見てもらいたいなって思いながら、選んだから」
「じゃあ、楽しみにしておくよ」
「……はいっ」


  /


 撮影は順調だった。スケジュールに遅れが出ることもなく、ロケ隊一行は予定通り、数日間のオフに入ることができた。
「あ、あの……、どう、ですか?」
 緊張した面持ちでやってきた風香を見て、プロデューサーは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
 風香が着てきたのは、地中海の陽射しを思わせる鮮やかなオレンジ色のビキニだった。てっきりワンピースタイプのものだとばかり思っていたプロデューサーにとっては、思いもよらない不意打ちだった。
「似合ってるよ」素直にプロデューサーは言った。日よけにパーカーを羽織っているとはいえ、大胆に露出した肌が目に眩しい。「可愛いし、それにすごくセクシーだ」
 風香のビキニ姿は、昨日までの撮影でも見てきたはずだった。だがこれは、仕事で着ているのではなく、彼女が、この俺のために自分で選んだ水着なのだ。そのことが、プロデューサーの胸をひどく高鳴らせた。
「えへへ……、ありがとうございます」風香はまだ少し恥ずかしそうにしていたが、プロデューサーに褒められたことでいくらか肩の力が抜けたようだった。「嬉しいです、勇気を出した甲斐があったかな……って」
「驚いたよ、風香がこんなに大胆な水着を着てくるなんて」
「ふふ。イタリアの太陽が背中を押してくれたのかも」風香は笑った。「それに、ほら。ヒラヒラがあるから……まだ平気です」
 そう言って、風香はスカート状になったフリルの裾を少し持ち上げた。一瞬露わになった両脚の付け根に、視線が吸い込まれそうになる。そうでなくても、グラマラスな風香の水着姿は破壊力抜群だ。
「プロデューサーとしては、今の風香のグラビアも撮りたくなっちまうな。絶対に、大好評間違いなしだ。けれど」とプロデューサーは続けた。「俺個人としては、撮りたくない」
「えっ」
「他のやつらに、今の風香を見せたくない。こんなに可愛い風香を、俺以外の男に見られたくない」そう言って、プロデューサーは風香の体を抱きしめた。「本当は、今から皆とビーチに行くのだって、ちょっと悔しいんだ。このまま、風香を独り占めしたいって思ってる」
「プロ……デューサー」
「すまん。男の嫉妬なんて、カッコ悪いよな」
「い、いえっ! そんなことっ……」そこまで言いかけてから、風香もおずおずと、プロデューサーの背中に腕を回した。ぎゅっ、と控えめなハグ。「私も……プロデューサーさん以外の人に見られるのは、まだ、やっぱり、恥ずかしい……です」
「撮影の時は、けっこう余裕ある感じに見えてたけど?」
「あ、あれはっ……その、そういう演技というか」風香が慌てて首を振る。「ビーチで見かけた自信に満ちた女性たちを見て、私も、影響されたというか……。大胆にならなきゃ、って」
「でも、内心は恥ずかしかったんだ?」
 プロデューサーが訊くと、風香は、こくん、と頷いた。
 そう頷いた風香の羞恥や、申し訳なさなんかが入り交じった表情があまりに可愛くて、、プロデューサーは思わず、風香にキスをしたい衝動に駆られた。
「風香」プロデューサーは風香の顔をあげさせ、その唇に口づけをした。
「んっ……」
 風香は少し驚いたようだったが、抵抗することはなかった。しばらく唇を重ね合い、ふたりは見つめ合った。。
 吐息が触れ合う距離。重ねた肌から、お互いの体温と心音が伝わってくる。
「俺に見られるのは恥ずかしくないのかな」
「ううん……恥ずかしい、です」言いながら、風香の顔がほんのりと朱色に染まってゆく。「でも恥ずかしいだけじゃない……というか」
「他にも、何かあるんだ?」こくんと、風香が頷く。「聞きたいな。俺に見られてる時、風香が何を感じてるのか」
「それは……その、色々……」風香は詰まりながらも、少しずつ言葉を紡いでゆく。「緊張、とか……、ちょっと、どきどきしたり」
「へえ、ドキドキしてるんだ」プロデューサーがわざと意地悪そうな声を出す。「風香は、俺に見られて興奮しちゃうんだな」
「ち……違っ……」否定しかけてから、風香は思い直したように首を振った。上気した頬に、瞳が潤んでいる。「いえ、違わない……かも」
「今はどうなんだ?」プロデューサーは訊いた。「ドキドキしてる?」
 こくん、と風香は頷いた。その唇に、もう一度プロデューサーの唇が重なる。
 今度は、さっきよりも長いキスになった。
 プロデューサーの舌先が、風香の形のよいふっくらした唇を、そっとなぞってゆく。
「あ……は……ぁ」
 その舌先が、ゆっくりと、唇を割り開いて、風香の口内へと侵入してゆく。
「んっ……んむ、ちゅ……んむぅ、れりゅ……れるっ」
 風香も、おずおずと舌の動きを返す。はじめはぎこちなかったその動きが、やがて、少しずつ大胆に、互いの舌先と口内を貪り合うようなキスへと変わってゆくのに、それほどの時間はかからなかった。
「あっ…ぁんむ、ちゅぱ……んんっ……んふ」
「んっ……ちゅっ、ちゅっ……れるれる」
 ホテルの室内に、ぴちゃぴちゃと唾液が混ざり合う水音が響く。互いの指を絡ませるように、手を結ぶ。密着した肌から、お互いの体温が伝わってくる。ふたりとも、熱く体が火照っていた。肉体の奥に生じた情欲の炎が、肌を内側から炙っている。
 もつれあうようにして、ベッドに転がり込んだ。
 仰向けになった風香の上に、プロデューサーが覆いかぶさる形になった。水着の上から、豊かに実った果実のような風香の乳房に触れる。信じられないほど柔らかなそれは、力を込めればどこまでも指が沈んでいきそうだった。
「あ……はぁっ……んんっ」
 乳房を揉み込むプロデューサーの指の動きにあわせて、風香が身を捩る。湿った唇から洩れる吐息は、その身体に走る官能の歓びを示していた。艷やかなその声が、さらにプロデューサーの興奮を高めていく。
 プロデューサーが風香の水着を脱がしにかかった、その時だった。
 ふいに、コンコンとノックの音が響いた。
「ひゃっ!?」
 驚きに、ふたりとも体を硬直させる。ほとんど裸で絡み合ったその格好のまま、顔だけをドアの方に向けた。
「ど、どちら様でしょうか?」風香が訊ねる。普段どおりの声を装ってはいたものの、少し上ずっている。無理もない、とプロデューサーは思った。こんな状況で、平然としていられるはずがない。かくいうプロデューサーも、息をとめて気配を殺しながら、胸の中では心臓が張り裂けそうなほどバクバクと鳴っている。
「風香ちゃん?」ドアの向こうから、返事があった。聞き覚えのある声だった。同じ事務所所属のアイドル、和久井留美である。「どうしたの? なかなかロビーに降りてこないから、様子を見に来たのだけれど」
 そういえば、今日のオフは、今回のイタリアロケに参加しているアイドルたち皆で、ビーチに遊びにいこうという話になっていたのだった。プロデューサーもそれに加わることになっていて、それで風香を呼びに来たはずだったのだが、つい流れでこんなことになってしまったのである。
 プロデューサーは慌てて体を起こし、風香の上からどこうとした。
 しかし、できなかった。
 風香が、プロデューサーの体を引っ張り込むようにして、ベッドの上に引き戻したのである。
 ふたりの体が、ベッドの上で再び重なり合う。
「なっ……!?」
「しーっ、静かに」驚いたプロデューサーに、風香は人差し指を口元にあてて、声を立てないよう促した。どうすることもできず、プロデューサーは無言でわかった、と頷いた。
「あの、留美さん」風香が部屋の外にいる留美に向かって言った。「すみません、ちょっと疲れが出ちゃったみたいで。少し休んでから行きますから、皆さんは先に出掛けててください」
「そう? 確かに、なんだか声が熱っぽいわね」留美は少し間をおいてから言った。「わかったわ。くれぐれも無理しないようにね。何かあったら、すぐ連絡するのよ」
「はい、ありがとうございます」
「じゃ、ごゆっくり」
 ドアの向こうから人の気配が去っていく。息をひそめてやりとりを聞いていたプロデューサーは、緊張から開放された瞬間、はぁっと大きく息を吐き出した。
「えへへ……、嘘ついちゃいました」風香がいたずらっぽく微笑む。「あとで謝っておかないと」
「いいのか? 風香。せっかく楽しみにしてたリゾートビーチなのに」
「はい、いいんです」風香はプロデューサーに抱きついて、甘えるように体を擦り寄せた。「……私も、プロデューサーさんを独り占めしたいから」
「風香……」
「やっぱり、ほんとは寂しかったんです。プロデューサーさんがお仕事頑張ってるのは私たちのためだって、それはわかっているのに、それでも……」そこまで言って、風香は言葉を切った。その顔が、みるみる赤くなっていく。「そのっ……、プロデューサーさんとこういうこと……したくて」
「我慢してたんだ?」
 そう訊ねると、風香は真っ赤な顔で俯いて、恥ずかしそうにこくんと小さく頷いた。
 たまらない愛おしさがこみ上げてきて、プロデューサーは風香の体を思い切り抱き締めた。
「あっ……ん!」
「俺もしたかった」プロデューサーは風香のうなじにキスをした。「日本でロケに向けた準備をしてる間も、飛行機の中でも、撮影中だって、ずっとムラムラしてた」
 口づけの場所が、首筋から肩口へ、鎖骨から両胸の谷間へと移動してゆく。剥ぎ取るように水着を脱がせ、露わになった濃桃色の先端へ吸い付いた。
「んっ! は……ぁっ……あっ」
「このおっぱいに、ずっと吸い付きたかった。風香の身体を思い切り味わい尽くしたかった」言いながら、プロデューサーの唇が風香の乳首を強く吸い上げ、舌先がちろちろと先っぽを舐めあげてゆく。
「はぁっ……ぁ! んんっ……はぁあんっ!」
 その動きに合わせるように、ぞくっぞくんっと風香の体が小さく震える。甘い痺れが体を駆け抜け、それが吐息となって濡れた唇からあふれこぼれてゆく。
「すごくエッチな声が出てる」プロデューサーの指先がなぞるように肌の上を滑り、へその横を通って下腹部へと伸びた。
「あっ……ん、そこっ……はぁっ」反射的に閉じようとした風香の両脚を、プロデューサーの手のひらがこじあけるようにして広げる。水着の布地をずらして潜り込んだそこは、すでに肉花の芯からあふれた蜜で熱く潤んでいた。
 くちゅり、と指先が触れる。
「ひゃっ……んん! あっ……ふぁぁぅ」
 風香の奏でる喘ぎ声が、さらにその響きを変えた。それを楽しむかのように、プロデューサーの指が浅く風香の入り口をかき混ぜてゆく。
「あっ! あひぅっ……ん! んぁぅっ……あぁあっ!」
 ぬちゅ、ぐちゅり、ずちゅっと、淫猥な肉汁が立てる水音が、甘やかな吐息と混ざり合い、官能の協奏曲となってゆく。眼鏡の奥の風香の瞳は、夢見るようにとろけきって、目尻にはこぼれそうなほど涙があふれていた。
「風香、俺のも……」プロデューサーの指が、ぬるぅっと風香の中から抜けた。たっぷりと絡みついた淫蜜が、指と肉穴の間に糸を引いて垂れ落ちる。「やり方はわかるよな?」
「はいっ……プロデューサーさん」風香はプロデューサーの前に跪いて、自らの体をかき抱くように、両腕でぎゅっと胸の双丘を寄せた。そうして、眼前にそそり立つ硬く反り返ったプロデューサーのペニスを、胸の谷間に挟み込んでゆく。
「うぉ……」柔らかな肉に包まれてゆく感触に、プロデューサーが奥歯を噛んで呻き声を洩らす。
「んぅ……は……ぁ、んむっ……れるっ、ちゅっ……」体ごと擦り付けるように、風香は豊満な乳房を揺すった。先端からはみ出した亀頭に愛おしそうに口づける。あふれた唾液が両胸の間に挟まれた肉竿に絡みついて、ぬちゅぬちゅと音を立てた。
「ちゅっ、ちゅっ……んんっ、はぁっ……ぁ」
 口内に収まらないほどに膨らんだペニスを、風香は口と乳房で懸命に愛撫してゆく。直接与えられる刺激よりも、その光景が強烈にプロデューサーの脳を焼いた。少しでも油断すれば、すぐに放ってしまいそうだった。「はぁっ……んんぅ、んっ……む」
 夢中で先端を頬張る風香の頭を、優しく撫でる。夢見るような目つきが、さらに遠くなった。急激に射精感がこみ上げてきて、プロデューサーは思わず腰を引いた。
「あっ……ん! ふあぁぅっ……ぁ!」ぶるんっと唇から抜け出た先端から、勢いよく大量のザーメンが迸り出た。塊のような粘度をもった白い汁が、風香の顔から唇、胸元までを、たっぷりと汚してゆく。ぞくぞくとした背徳感が、プロデューサーの中を駆け巡った。
 べっとりと精液の張り付いたレンズを透かして、風香はうっとりと脈打つプロデューサーのペニスを見上げた。プロデューサーが風香の口元に垂れた汁を指ですくってやると、風香は愛おしそうにその指を口に含み、絡みついた汁をピンク色の舌で舐めあげた。その姿はひどく蠱惑的で、いま放ったばかりだというのに、プロデューサーのペニスはさらに硬さを増して、天を衝くほどにそそり立った。
「風香」プロデューサーは荒々しい呼吸を繰り返しながら、風香の上に覆いかぶさった。ぐいっと両脚を広げさせ、先端を花芯に押し当てる。「次は風香の中に出したい」
「はいっ……私も、プロデューサーさんの……欲しい、です」
 その言葉が終わらないうちに、プロデューサーは腰を深く突き入れた。熱くぬかるんだ肉が絡みついてくる。風香の肉の温度。
「あぁぁあっ……は……ぁ!」風香は大きく背を仰け反らせた。ばるんっと両乳房が揺れる。それを鷲掴みにして、プロデューサーは腰を使い始めた。「ひぁ、激しっ……あぁぁ、プロデューサーさんっ……んぁあぅ!」「すまん、風香の膣内が気持ちよすぎて……加減できそうもない」腰から下が溶けてゆくような快感に、プロデューサーは無我夢中で風香の奥を突き上げた。頭の中に霞がかかったように、理性や感情といったものが、純粋で単純な肉の快楽に塗りつぶされてゆく。
「ふあぁあぅ、あっ、あぁあん、ひぁっ……ぁ!」突き込むたびに、風香のあどけない顔が、くしゃりと歪む。それが快楽によるものなのか、苦痛によるものなのか、プロデューサーには知りえないことだった。あるいは、風香自身にしても、わからないことなのかもしれなかった。
 どちらでもいい、とプロデューサーは思った。それが快楽でも、あるいは苦痛だとしても、今はただ風香の肉体に溺れたかった。柔らかくよく弾むこの肉に、俺という存在を刻み込みたかった。破壊的な衝動がとめどなくこみ上げてきて、それを風香の奥底に叩きつけるように腰を振った。
「ひぁあぁひ、あっ、あぁぁ! プロデューサー……さんっ」
「風香っ、風香、ふうか、ふうかっ!」
 叫ぶように名前を呼び合って、本能のまま貪りあう獣のように交わった。肉と肉が擦れあい、ぶつかりあう腰と腰がぱんぱんと音を立てる。けれど、どれだけ肌を重ねても、どんなに強く体を結びつけても、この薄い皮膚一枚で、ふたつの肉体は、ひとつに溶け合えない。それがひどくもどかしくて、狂おしかった。
 こんなにも深く、深く、繋がっているのに。
 風香のそこは、みっちりと広がって、プロデューサーの自身をずっぽりと咥え込んでいる。
 俺の穴だ、とプロデューサーは思った。
 俺だけの穴だ。
 ここだけじゃない。腕も脚も、頭のてっぺんからつま先まで、風香を構成するすべてを、自分のものにしたい。
「好きだ、風香」指と指を絡ませるように、お互いの手を強く結び合う。すべてが真っ白な光に包まれた世界の中で、繋がりあった互いの肉体だけが存在しているような気がした「風香、愛してる」
「はいっ……私もっ、あ……ぁ、あんっ!」喘ぎ声に混じりながら、きれぎれに風香が答える。「好きっ……です、プロデューサーさんっ、大好き……」
 ずちゅ、ぐちゅっ、ぬちゅっとぬかるんだ肉が打ち合う音が加速していく。限界が近い。それはプロデューサーも、風香も同じだった。
「あぁぁあはっ……ぁ! はぁぁぁあんぁぁぅっ!」
「うっ……くぅううっ!」
 爆発するような快感が背骨を駆け抜けた。プロデューサーは風香の一番奥深くまで挿入したまま、思い切り射精していた。同時に風香の体がひときわ大きく跳ね、プロデューサーを包んでいた淫肉がうねるように収縮した。達したのだ。
「ふぁぁぁっ……ぁ、は……ぁぁああ!!」
 どくどくと精を注ぎ込まれながら、風香は涙や唾液やいろんな汁でぐしゃぐしゃになった顔で、惚けたようにプロデューサーを見つめていた。汚れるのも構わず、プロデューサーはその風香の顔に、口づけをした。
「んんっ……ふ、ちゅっ……ちゅく、んんむ」
 濃厚なキスを交わしながら、たっぷりとした射精が続いた。睾丸の中身がすべて絞り出されていくのではないかと思うような、長い長い射精だった。
 ようやく放ち終えてからも、ふたりはしばらく繋がったまま重なり合っていた。じっとりと汗に濡れた肌に、天井から届く空調の風が心地よい。ほどよい疲れが体を満たしていて、このまま溶け合うように眠りたいと思った。
「なあ風香、このまま……」と言いかけた、その時。
 ぐう、と大きな音がした。
 ふたりは思わず顔を見合わせた。それは、ふたりのちょうど真ん中あたりから聞こえてきた。
 腹の虫だった。
「……俺じゃないぞ」
「わ、私でもないですっ……」
「でも風香、このところ撮影のためにずっとダイエットしてるって言ってただろう? 今朝だって、あんまり食べてなかったし」
「そ、それは……」ごにょごにょ、と風香が言葉尻を濁す。やがて顔を赤くして俯いてしまった。
「よしよし」ぽんぽん、と風香の頭を撫でて、プロデューサーは体を起こした。「じゃあ、何か食いにいこうか。日本の海水浴場だと海の家で焼きそばなんかが定番だけど、イタリアだとどうなんだろうな」
「さすがに焼きそばは無いでしょうし……」うーん、と風香は考えて、「代わりに、パスタ……とか?」
「あるかなぁ」地中海のリゾートビーチで、眩しい太陽の下、熱々のパスタを食べる姿を想像する。なんだかひどくちぐはぐな気がして、おかしかった。
 風香も同じ想像をしていたのだろう。笑いがこみ上げてくるのを我慢してるような顔をしている。
「でも、楽しそうですよ」
「そうだな」
 絶対に楽しい。風香と一緒なら。
 ふと思いついて、プロデューサーはベッドの上の風香に、恭しく手を差し伸べた。
「それではお姫様、参りましょうか」
 それは物語の登場人物がやるような、仰々しく芝居めいたポーズだった。今度こそこらえきれずに、風香がぷっと吹き出した。
「なんだよ、こういうの、憧れじゃなかったか?」
 自分でも恥ずかしかったのか、プロデューサーは顔を赤くしてふてくされた顔をする。
「ううん」と風香は首を振った。「でも、もう私はずっと前に、プロデューサーさんに手を引かれて、物語の世界に連れ出してもらったんです」
 そう言って、風香は差し出された手をしっかりと握り返した。
「どんな物語かな」プロデューサーが訊ねると、風香は秘密です、といってふふっと笑った。その笑顔を、プロデューサーはほんとうに心から可愛いと思った。
「じゃあ、行こうか」
「……はいっ」


  /


「きっとこの海ね」
 和久井留美が突然呟いた言葉に、横で日光浴をしていた杉坂海と森久保乃々が振り返る。
「いきなりどうしたんだい、留美さん」
「ごめんなさい、あなたのことじゃないの。この地中海のことよ」
「はあ……」
「今わかったわ。これが若さなのよ」
「若狭湾でしたら日本海ですけど……」
 おそるおそる、森久保が突っ込む。
「その若狭じゃないわ。この陽射しあふれる眩しい地中海、情熱的な恋の炎みたいだと思わないかしら」
「は、はぁ……」
 よくわからないことを言う留美を挟んで、海と森久保はビーチでつかの間のバカンスを心ゆくまで楽しんだ。


  END.